お金がない

偽りの映画祭

偽りの映画祭

大野拓也は、映画を愛する若き映画監督だった。彼は自身の作品を世に広めたいと願い、映画祭を通じて多くの人々に観てもらうことを目指していた。しかし、映画業界は狭く、成功するには厳しい現実が待っていることを知っていた。

そんな彼に、一通のメールが届いた。差出人は「名古屋国際映画祭」という映画祭の運営委員会を名乗っており、彼の作品をぜひエントリーしてほしいと勧誘する内容だった。大野は一瞬驚いたが、彼の作品が評価されたのだと嬉しさを隠せなかった。名古屋国際映画祭は初めて耳にする名前だったが、国内外で新しい映画祭が次々に生まれている現状を考えれば、不自然ではなかった。

メールには、参加にはエントリー料が必要であり、早期申込割引が適用されるとのことだった。大野は少し不安を感じたが、エントリー料は他の映画祭と同じくらいの金額であり、何より作品が選ばれたという事実が彼を前向きにさせた。彼はすぐにエントリー料を振り込み、必要な書類と共に作品を送付した。

しかし、数日後、大野の元に別のメールが届いた。それは彼がたびたび訪れる映画館「シネマスコーレ」からの警告メールだった。内容は、架空の「名古屋国際映画祭」という映画祭に、シネマスコーレの写真や住所が無断で使用されており、詐欺の可能性があるというものだった。

大野の心臓が凍りついた。すぐにインターネットで映画祭の公式サイトを確認しようとしたが、既にアクセスできなくなっていた。焦りと怒りが彼の中で交錯し、どうしてそんな簡単な詐欺に引っかかってしまったのか、自分を責めずにはいられなかった。

その後、大野は他の映画館でも同様の被害が出ていることを知った。大阪の「シネ・ヌーヴォ」、京都の「京都芸術センター」、広島の「イオンシネマ広島」など、架空の映画祭が次々に報告され、どの映画館も自身の画像や住所が無断で使用されていることに対して注意を呼びかけていた。

大野は一気に全てが崩れ落ちるような感覚に襲われた。彼はただ、映画を愛し、自分の作品が評価されることを夢見ていた。だが、その純粋な夢は巧妙な詐欺師たちによって利用され、無惨に打ち砕かれたのだ。

彼は警察に相談し、詐欺の被害を報告したが、既に振り込んだエントリー料が戻ってくる見込みはほとんどなかった。警察の調査でも、詐欺グループは高度な手口で次々とサイトを閉鎖し、足跡を残さないようにしていることが分かった。

それから数週間が経ち、大野は再び映画制作に向き合うことを決意した。詐欺に遭ったことは彼にとって大きな打撃だったが、それでも彼の中にある映画への情熱は消えなかった。彼は自分を奮い立たせ、再び作品に全力を注ぐことを誓った。

彼の作品は、やがて本物の映画祭で評価されることとなり、大野拓也の名前は少しずつ映画業界に広まっていった。詐欺に遭った経験は彼にとって苦い思い出となったが、それは同時に彼を強くし、映画制作への決意をより固める出来事でもあった。

詐欺師たちは彼の夢を一時的に奪ったかもしれない。しかし、大野は自分の夢を諦めなかった。それが、彼を真の映画監督へと成長させたのだ。