お金がない

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
540 / 1,120

2141兆円の罠

しおりを挟む
2141兆円の罠

太郎は、毎朝新聞を広げると、頭を抱えることが日課になっていた。特に経済欄を読むたびに、日本の個人金融資産が膨れ上がり続ける数字を見ると、ため息が漏れた。「2141兆円…」太郎は小声でつぶやき、その額の大きさに圧倒される。

「一体、こんなに金がどこにあるんだ?」太郎は自問する。「貯蓄から投資に回して、さらに株価が上がって資産が増える…俺の生活とはまったく違う世界の話だ。」

実際、太郎の生活は厳しかった。昼は派遣の仕事をして、夜はコンビニでアルバイトをしても、月末にはいつも財布が寂しくなる。家賃、光熱費、食費…支払いが終わると、手元に残るのはわずかな小銭と、ため息だけだった。

その日の夜、いつものようにコンビニでバイトをしていると、見慣れない男が店に入ってきた。スーツを着たその男は、どこか洗練された雰囲気を持っていたが、何かが引っかかる。太郎は直感的に、男が何か企んでいることを感じた。

「いらっしゃいませ」太郎はいつもの調子で挨拶したが、男は微笑を浮かべるだけで、特に何も言わなかった。男は店内を物色し、しばらくするとカウンターにやってきた。

「この辺りで、投資の話に興味がある人はいませんか?」男は唐突にそう言った。

「投資?」太郎は驚いた。「こんなところでそんな話をするなんて、ちょっと変わってるな。」

「ええ、実は最近、かなり利益が出ている案件があってね。特に個人金融資産が増えている今こそ、チャンスだと思いませんか?」男はさらに話を続けた。

太郎は、新聞で見た2141兆円という数字が頭に浮かび、自分の現状と比べるとやりきれない気持ちになった。少しでもその恩恵にあずかりたいという欲が心の中で芽生えた。

「そんなに儲かる話があるなら…」太郎は思わず問いかけた。

男の顔に薄い笑みが浮かんだ。「そうですね。実は、少し投資するだけで、あっという間にお金が増える話なんですよ。」

「どういう話ですか?」太郎は興味を持ったが、同時に不安も感じた。だが、男の話し方にはどこか引き込まれるものがあった。

「まあ、ここでは話しにくいですが…」男は周囲を見回しながら、「もし興味があるなら、今度の休みに詳しく話しましょう。」

太郎は自分の生活がこのままでは改善しないことを知っていた。男の話が本当なら、少しでも生活が楽になるかもしれないと期待した。

その週末、太郎は男に指定されたカフェに向かった。そこには同じような男たちが数人集まっていた。皆、表面上は親切そうに見えたが、その裏には何か計算があるような気がしてならなかった。

「これが私たちの投資案件です。」男が差し出した資料を太郎は見た。そこには確かに、信じられないほどのリターンが約束されたプランが書かれていた。

「ここに少しでも投資すれば、すぐに大きな利益が得られますよ。」男は熱心に説明した。

太郎は心の中で葛藤した。この話が本当なら、今の苦しい生活から抜け出せるかもしれない。しかし、何かが引っかかる。それは、男たちの笑みの裏にある、冷たい目つきだった。

太郎は一瞬の迷いの後、「やめておこう」と決断した。

「残念ですが、今回は遠慮させていただきます。」太郎がそう言うと、男たちの表情が一瞬険しくなったが、すぐに笑顔に戻った。

「そうですか。まあ、機会があれば、また声をかけてください。」男はそう言いながら、名刺を差し出した。

その夜、太郎はいつものようにコンビニでバイトを続けながら、新聞に載っていた2141兆円の数字を思い返していた。確かに、世の中には自分とは違う世界がある。しかし、たとえその一部が手に入ったとしても、それが本当の幸せかどうかはわからない。

「詐欺師たちがどんなに甘い言葉をささやこうと、自分の手で稼いだお金の方が安心だ。」太郎はそう自分に言い聞かせた。

そして、その日も太郎はいつもと変わらず、地道に働き続けた。彼が手にするわずかな収入が、何よりも誇り高いものであることを知っていたからだ。

どこかで騙されて財産を失った人たちがいるかもしれない。だが、太郎は自分の選択に満足していた。そして、少しずつだが、彼の生活もまた、確かな一歩を踏み出していた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...