お金がない

静かな川のほとりで

 「静かな川のほとりで」

朝の光が静かに差し込むリビングで、香織は深いため息をついた。コーヒーカップを手に、窓の外の川をぼんやりと眺めている。最近、心の中に積もっていく小さな不安が、どこかでこぼれ落ちそうになっていた。

「保育料が毎月7万円なんて、やっぱり痛いよね」

何気なく漏らしたその言葉が、友人の恵美に思わぬ反応を引き出した。

「香織、人前でそういう話はしないほうがいいわよ」

恵美の声はやや冷たく、香織は一瞬戸惑った。彼女の忠告が何を意味するのか、香織にはすぐには理解できなかったが、何かが彼女の心に触れたようだった。

その夜、夫の健一が帰宅すると、香織は少しためらいながらもそのことを打ち明けた。「今日、恵美に保育料のことを話したら、注意されちゃったの。なんでだと思う？」

健一は一瞬考え込み、そして穏やかに答えた。「保育料の話は、年収が推測されるからかもしれない。特に同じ地域に住んでると、余計にそう感じられることがあるんだよ」

香織はその言葉に驚いた。「そんなことで…？」

「まあ、誰もが気にするわけじゃないけど、収入に関わる話題ってデリケートだからね」と健一は説明する。「例えば、保育料が高いと言えば、うちは収入が高いって思われるかもしれないし、逆に安いと言えば、うちは大変だって思われるかもしれない」

香織は少し反省しつつも、納得しきれない部分があった。「でも、保育料が家計に大きな負担になるのは事実だし、それを話したいって思うことが悪いことなの？」

「悪いわけじゃないよ」と健一は優しく言った。「ただ、話す相手やタイミングが大事なんだと思う。特にお金に関することは、他人にどう見られるかって考えるのが大切かもしれない」

その夜、香織は自分の無意識の発言が、どれほど他人に影響を与えるかを考えさせられた。自分の家計の話題が、思わぬ形で他人の心を傷つけることがあるかもしれない。そう思うと、言葉の重さが一層感じられた。

次の日、香織は少し違う気持ちで友人たちと会った。保育料の話題が出ることは避けたが、その代わりに別の話題に花を咲かせた。何気ない会話の中にも、彼女は相手の反応を注意深く観察するようになっていた。

その後、香織は子どもたちの迎えに保育園へ向かった。帰り道、川沿いを歩いていると、子どもたちの無邪気な笑顔が目に入る。小さな手を握りながら、香織は自分が何を大切にするべきかを再認識した。

「お金の話は難しいけれど、それでも家族のために頑張っているんだってことを忘れないでいよう」

彼女は心の中でそう決意し、穏やかな川の流れを見つめた。その日から、香織は自分の思いをもっと慎重に扱い、他人との距離感を大切にするよう心がけた。

それでも、保育料が高いことには変わりはないが、彼女はその負担を家族の幸せのために耐え抜く覚悟を持ち続けた。そして、家族との時間が何よりも大切であることを再確認しながら、静かな川のほとりで日々を過ごすのだった。

この物語は、家庭と社会の間に存在する微妙なバランスを描いた短編小説です。