お金がない

お盆休みを直撃…南海トラフ地震の臨時情報でかき入れ時の旅館に“キャンセル約1300件”

お盆休みを直撃…南海トラフ地震の臨時情報でかき入れ時の旅館に“キャンセル約1300件”

夏の暑さがピークに達し、海風が心地よく感じられる頃、田舎町の小さな温泉旅館「海の風」は、お盆休みの宿泊客を迎える準備に追われていた。毎年、この時期は旅館にとってのかき入れ時であり、家族連れやカップルが、温泉と海の幸を楽しみに全国各地から訪れる。従業員たちも、この期間にしっかりと稼ぐため、いつも以上に気合を入れていた。

その朝、旅館の若女将である美咲は、早朝から厨房で料理の準備を進めていた。朝日が差し込む窓の外を眺めながら、今日も忙しくなるだろうと気を引き締めた。予約は満室状態で、常連客や新規の客が入り混じるなか、どの客にも最高のサービスを提供することが美咲の誇りだった。

しかし、午前中のひと時、テレビから流れてきたニュースが、旅館の雰囲気を一変させた。南海トラフ地震に関する臨時情報が発表されたのだ。気象庁が地震の予兆とされる異常な現象を確認し、今後数日以内に大規模な地震が発生する可能性があると警告したのだった。

「まさか…」

美咲は驚きと不安が入り混じる表情で、すぐにフロントに駆けつけた。電話が鳴り響き、従業員たちが対応に追われている姿が目に入った。キャンセルの電話だった。次々と宿泊予約が取り消されていくなか、美咲の心は沈んでいった。

「1300件ものキャンセルが出てしまいました…」

フロントの従業員が、恐る恐る美咲に報告した。美咲は無言で頷き、手元の予約帳を見つめた。予約帳は真っ赤に塗りつぶされ、わずかな宿泊客しか残っていなかった。

「お盆の時期にこんなことが…」

従業員の一人がつぶやくが、誰も言葉を返せなかった。普段であれば、この時期は笑顔にあふれ、歓声が絶えない旅館のはずだった。しかし今や、静まり返った館内が重々しい雰囲気に包まれていた。

その晩、美咲は一人で旅館の露天風呂に座っていた。温泉の湯気が夜空に漂い、波の音が遠くで聞こえていたが、その心地よい音も今は虚しく感じた。これまでずっと支えてくれたこの旅館が、今や危機に瀕しているのだ。家族で受け継いできたこの場所を、どうにか守りたい。その思いが美咲の胸に強く響いていた。

翌日、美咲は従業員たちを集めた。緊張が走る中、美咲は静かに口を開いた。

「皆さん、キャンセルは痛手ですが、この旅館を守るためには今できることをしなければなりません。まずは安全第一です。残っているお客様には最大限の配慮をしつつ、地震が起きた場合の対策を再確認しましょう。」

従業員たちは頷き、すぐに行動に移った。美咲は、地元の防災専門家を招いて緊急の講習会を開き、避難経路や備品の確認を行った。また、旅館のホームページやSNSを通じて、安全対策が万全であることを発信し、安心して来ていただけるよう努めた。

その努力が実を結び、徐々にキャンセルされた予約が再び埋まっていった。最初は少しずつだったが、美咲の誠実な対応が評判を呼び、信頼を取り戻していったのだ。

「海の風」は、過去に例のない困難に直面しながらも、その困難を乗り越え、再び活気を取り戻しつつあった。美咲は、露天風呂から眺める夜空を見上げながら、思わず微笑んだ。自然災害という予測できない敵と向き合いながらも、家族の誇りと地域の絆を信じて乗り越えることができたのだ。

「この場所を守るために、私はこれからも最善を尽くす。」

その決意が、彼女の中で強く輝き続けていた。