「俺は小説家になる」と申しております

自由のギター

自由のギター

1969年の夏、サンフランシスコの片隅にある小さなバー。人々の喧騒と煙草の煙の中で、ジョンはギターを手に取った。彼は音楽が大好きだったが、ただの好きというだけではなかった。音楽は彼にとって命そのものであり、ギターは彼の唯一の言葉だった。

彼がギターを弾き始めたのは15歳のとき、初めてラジオから流れたジミ・ヘンドリックスの「Purple Haze」を聞いた瞬間だった。その瞬間、彼の人生が変わった。ギターの音は、他のどんな言葉よりも心に響き、何もかもが無意味に感じられた。それからというもの、彼はジミ・ヘンドリックスを追い求め、ギターを弾き続けた。

ジョンは、その日もバーでひとり演奏をしていた。店内は空いていて、彼のギターの音が響くだけ。彼はそれが心地よかった。だが、ジミ・ヘンドリックスのように、何か特別な音を出せているのか、という不安もあった。

「ジミのようになりたい…」

彼はその言葉を何度も心の中で繰り返した。ジミ・ヘンドリックスの音楽には、他のギタリストとは違う自由があった。彼のギターは暴れるように、時に静かに、時に激しく奏でられ、まるで彼自身の魂がそのまま音になったようだった。その自由な演奏こそが、ジョンが求めていたものだった。

しかし、現実は彼を嘲笑うように厳しかった。ギターの腕前は徐々に上達してきたものの、何度も壁にぶつかった。彼は自分のスタイルを見つけられず、他のバンドのメンバーとも衝突していた。

ある夜、ジョンは自分の演奏に飽きてしまい、バーの隅に座ってぼんやりとギターを手にしていた。そのとき、店の扉が開き、ひとりの男性が入ってきた。彼はジョンの目の前に座り、静かにジョンの弾いている音楽を聴き始めた。ジョンは少し不安に思いながらも、演奏を続けた。やがて、その男性が声をかけてきた。

「君の音楽、少し物足りないね。」

ジョンは驚いた。自分の演奏に物足りなさを感じていたのは確かだが、他の人に言われるのは初めてだった。

「どういう意味だ？」ジョンは目を見開いて尋ねた。

その男性は微笑みながら答えた。「君の演奏はテクニックに頼りすぎだ。ジミ・ヘンドリックスを聴いたことがあるか？」

ジョンは頷いた。もちろん、彼にとってジミ・ヘンドリックスは神のような存在だった。

「じゃあ、ジミの音楽を聴いてみろ。テクニックじゃなく、魂を感じるんだ。」

その言葉に、ジョンはハッとした。ジミ・ヘンドリックスの音楽には、テクニックだけでは表現できない何かがあった。その「何か」を、彼はまだ理解していなかったのだ。

その夜、ジョンは何度もジミ・ヘンドリックスのレコードを聴き直した。彼のギターが語りかけるように鳴り響く音、それは言葉では表せないほど深い意味を持っていた。ジョンは、自分の演奏がまだ「音楽」ではなく、「技術」になってしまっていたことを痛感した。

次の日、彼は新たな決意を胸にギターを手に取った。テクニックを超えて、魂を込めて演奏しようと。その夜、バーでの演奏が始まると、ジョンはこれまでにない自由な気持ちでギターを弾き始めた。音は彼自身の感情と一体となり、時に激しく、時に優しく響いた。

しばらくすると、あの男性が再び現れた。彼はじっとジョンの演奏を聴いていた。そして、演奏が終わると、彼は静かに言った。

「今の音、いい感じだよ。まさにジミのような、自由な音だ。」

ジョンはほっと息をついた。これが自分の求めていた音だと感じた。ジミ・ヘンドリックスのように、彼の音楽もまた、自由で、魂を込めたものになった。

その後、ジョンの演奏は次第に評判を呼び、彼はバーでの演奏を続けながら、少しずつ音楽の世界に足を踏み入れていった。彼はジミ・ヘンドリックスを目指していたが、気づけば彼自身の音楽が、他の誰にも似ていないものになっていた。

ジョンは、ジミ・ヘンドリックスが示してくれた道を歩み続けていた。そして彼もまた、自分自身の自由な音楽を作り出していったのだった。