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春秋花壇

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マッサマンカレーの香り

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マッサマンカレーの香り

晩秋の冷え込む夕方、佐藤真理子は小さなアパートのキッチンに立っていた。香り豊かなスパイスが彼女の鼻をくすぐる中、鍋の中でまるで何年も熟成されたかのような香りが漂う。今日は、彼女がどうしても作りたかった料理、マッサマンカレーを作っている。

数年前、旅行雑誌で見たタイの料理特集がきっかけだった。雑誌には、マッサマンカレーが「世界で最もおいしい50種類の食べ物」の第1位に選ばれたというニュースが載っていた。写真に写るそのカレーは、黄金色の濃厚なソースにナッツやジャガイモが浮かぶ、まさに食欲をそそる美しい料理だった。

「こんな料理があるのか…」真理子はその写真を目で追いながら心を奪われた。

その時から彼女は、タイ料理に挑戦してみたいと思っていた。しかし、実際にマッサマンカレーを食べたことは一度もなかった。高級レストランやタイの本場で食べるチャンスもあったが、結局行動に移せずじまいだった。そんな彼女が、ついに家で作ろうと決心したのだ。

「まず、マッサマンペーストを作らなきゃ…」真理子は鍋に手を伸ばし、スパイスをひとつひとつ取り出していく。クミン、シナモン、カルダモン、レッドチリ、ナツメグ、そしてコリアンダー。タイの伝統的なカレーのベースとなるスパイスを、順番にフライパンで軽く炒め、香りを引き出していく。手元のレシピを見ながら、一つ一つ丁寧に。カレーペーストに必要な材料をミキサーにかけ、少しずつペースト状に仕上げていく。最初は難しそうに思えたが、意外と簡単にできた。

「うん、これで準備は完璧。」

真理子は満足げに微笑んで、次のステップへ進む。鶏肉を切り、ジャガイモと玉ねぎを調理し、ココナッツミルクを開ける。スパイスが効いたソースを加えるたびに、家中が異国情緒あふれる香りで満たされていく。彼女はその香りに酔いしれるように、無意識に深呼吸した。

完成したマッサマンカレーの色合いは、雑誌の写真で見たものと全く同じだった。黄金色のルーがまろやかに絡みつき、ピーナッツやジャガイモが浮かんでいる。真理子は一口スプーンを取って、そのカレーを口に運んだ。

「…!」

その瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。これまで食べたことのない、まろやかで深みのある味わい。ココナッツミルクの優しい甘み、スパイスのほどよい刺激、そしてナッツの香ばしさが見事に調和して、口の中で広がっていく。まさに「世界で最もおいしい」と言われる理由がわかるような気がした。

「これは、本当に美味しい…」真理子は声に出して呟く。思わず涙が浮かんだ。

料理がもたらす感動は、単に美味しさだけではない。手間ひまかけた過程が、心を満たす。それが自分の手で作り上げたものだということが、また特別な意味を持つ。真理子は、タイの屋台で食べるような本場の味が、家で作れるという事実に胸を打たれていた。

彼女は食後、ひとしきり余韻を楽しんだ後、しばらくキッチンに立っていた。カレーを作る過程で、彼女はいつも思い出すことがある。それは、かつて母親と一緒に料理をしていた日々のことだ。母親は、いつも家庭料理を作る時に、笑顔で真理子にこう言っていた。

「料理って、愛情が大切だよ。」

母親の言葉を思い出しながら、真理子は今日作ったマッサマンカレーを心から愛おしく感じていた。それは単なる食事ではなく、心を込めて作り、食べる人と分かち合うことの大切さを再認識させてくれた。

数日後、真理子は友人を招いて再びマッサマンカレーを作ることにした。彼女は、心の中で「次はもっと完璧に作ろう」と決めていた。スパイスを少し調整し、材料を新鮮なものに変えてみたり、細かい部分を改善したり。毎回作るたびに新しい発見があり、それが料理の楽しさを深めていった。

その夜、彼女と友人はテーブルを囲みながら、マッサマンカレーを堪能した。皆がその美味しさに驚き、賞賛の言葉をくれる。その瞬間、真理子は自分の心の中にあった小さな夢が実現したことを実感した。料理を通じて、異国の文化に触れ、その一部になれたような気がした。そして、何よりも、この料理を心から楽しんで食べることができる自分に満足していた。

「次は、もっといろんな国の料理にも挑戦してみよう。」

彼女はそう思いながら、またひとつ、次の冒険の扉を開けたのであった。







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