「俺は小説家になる」と申しております

見えない目

見えない目

それは、何も疑わずに過ごしていたある日から始まった。ある夜、彼女のスマートフォンに知らない番号からメッセージが届いた。

「あなたの生活を支えるために、私たちは24時間見守っています」

思わず背筋が凍った。いたずらだと思い削除しようとしたが、画面をじっと見つめたまま、指が止まった。心のどこかで「もしかして」という恐怖がよぎったのだ。しかし、そんな気味の悪い気持ちも、忙しい毎日の中で次第に薄れていった。

翌週、彼女はカフェで友人たちとおしゃべりをしている最中に、妙な違和感を覚えた。ふとした瞬間、遠くにいるはずの知人が、まるで彼女の会話を聞いていたかのようなメッセージを送ってきたのだ。

「最近、ストレス溜まってる？友人とカフェにいるみたいだけど…」

こんなことがありえるのだろうか？まさか、偶然ではないかと頭では理解しようとしたが、不安が募っていった。その後も、彼女が行く先々で知らない人々の視線を感じることが増え、少しずつ周囲に対する警戒心が強まっていった。

ある夜、寝ているときに聞こえた微かな音で目が覚めた。気のせいだと思いながらも、不安で眠れなくなってしまい、布団から抜け出して窓の外をそっと見た。暗闇の中に浮かび上がる一台の車。その車内に、スマートフォンの光が怪しく輝いているのが見えた。

翌朝、彼女は会社に向かう途中、やはり見覚えのない車が視界に入った。それは昨夜見たものと同じ車だった。誰が運転しているのかはわからなかったが、その車が一定の距離を保ちながら、彼女の後をつけてきていることは明白だった。

耐えかねて友人に相談すると、友人は気のせいじゃないかと笑い飛ばした。安心させようとしているのだろうと理解しつつも、彼女の不安は拭えなかった。誰も自分のことを信じてくれない、その孤独が、彼女の心を締めつけた。

それから数週間後、彼女の家に見覚えのない小包が届いた。差出人不明のその小包を、恐る恐る開けてみると、中には手帳とメモ帳が入っていた。手帳を開いてみると、そこには彼女の日常生活が詳細に記録されていたのだ。

「5月15日、午後2時、○○カフェにて友人と会話」 「5月17日、夕食に〇〇レストランでパスタを注文」

身の毛がよだつ思いだった。自分の行動を逐一誰かに見張られていた証拠が、手元にある。そんなことが可能なのか、どうして自分がこんな目に遭っているのか理解できないまま、手帳を閉じると手が震えた。

心の整理がつかず、次第に生活もままならなくなった。会社でも周りの視線が気になり、誰かに監視されている気がしてならなかった。

その日も家に帰る途中、ふと後ろを振り返ると、例の車が彼女の後をゆっくりつけてきていた。心臓が高鳴り、早歩きになる。家に着くとすぐにドアを閉め、鍵をかけ、電気を消して息を潜めた。しかし、窓の外でエンジン音が止まったのを感じ、鼓動が速まった。

その時、スマートフォンが振動した。恐る恐る画面を見つめると、再び例の知らない番号からのメッセージが届いていた。

「あなたの生活を支えるために、今日も24時間見守っています」

メッセージの最後には、今日の彼女の一日のスケジュールが詳細に書かれていた。

恐怖が絶頂に達し、彼女はスマートフォンを叩きつけた。しかし、スマートフォンを壊したところで、自分が監視されている事実は変わらない。その日から、彼女はできる限り外出を控え、家に閉じこもるようになった。

そして数日後、再び彼女の家に小包が届いた。差出人不明のそれを手に取るのが恐ろしかったが、思い切って開封すると、そこには手書きの手紙が入っていた。

「私たちはあなたの生活を守るためにここにいます。あなたが安心して生きられるよう、常に目を光らせています」

その手紙を読み終えた瞬間、彼女は全てが制御不能な状況に陥っていると悟った。誰もが知らないうちに見張られている、そんな可能性があることを考えるだけで、もう日常生活に戻ることなどできない。

それからというもの、彼女の周囲には「見えない目」が潜んでいるのだと、彼女は信じるようになった。まるで現実がどんどん剥がれ落ち、恐怖が彼女の世界を覆いつくすかのようだった。