「俺は小説家になる」と申しております

言葉の裏側

「言葉の裏側」

内藤亮は、常に自分の言葉に対して敏感だった。言葉一つで人の印象が大きく変わることを知っていたからだ。学校ではクラスの中で目立つタイプではなかったが、友人たちとの会話の中で、彼はひとつの「テクニック」を使うようになっていた。それは、語彙を豊かに見せること。深い意味がなくても、華やかな言葉で飾ることだった。

「これってさ、なんて言うか、結局は『象徴的な意味合い』だよね。」
ある日、昼休み。食堂のテーブルで、友人たちと一緒にランチを食べながら、亮はその一言を口にした。彼は自分でも意識していなかったが、その言葉を使うと、どこか格好良く、深みのある人物に見えるのではないかと思っていた。

「え？何それ？」
隣に座っていた翔太が不思議そうに尋ねる。亮は少しだけ胸を張り、言葉を続けた。
「例えばさ、これって単なる物理的な現象にすぎないのかもしれないけど、深いところで言えば、社会的な構造が反映されてるよねってこと。」
「おお、なんか難しそうだな。」
翔太は、まるで亮が一言で世界の真理を語ったかのように目を輝かせた。

亮は内心で少しだけほくそ笑んだ。この「テクニック」が、周りに自分を知的で深い人物として見せる手助けをしていると感じていた。彼の周囲には、自然に語彙を多く使う人たちが多く、亮もその一員になりたいと願っていた。心の中でこっそりと、言葉の力を信じていたのだ。

だが、彼が使う「豊かな語彙」のほとんどは、実際には何の意味も持たないものであることに、周囲の誰もが気づき始めていた。しかし、それに気づいていないのは亮自身だけだった。

ある日、クラスメートの莉子が言った。
「亮、最近言葉を選ぶのがちょっと…やり過ぎかなって思うんだけど。」
莉子は言葉を選ぶのが上手なタイプで、亮が何度も彼女の言葉を真似ていたのをよく知っていた。そのため、亮が使う言葉に少し違和感を覚えていたのだ。

「え？そんなことないよ。」
亮は、心の中で焦りを感じた。自分の言葉が目立つことを楽しんでいたが、それが少しでも気になるのだろうか。

「例えばさ、『象徴的な意味合い』って言ったって、みんな結局、何を意味してるのかよく分からないでしょ。」
「いや、それは…深い意味が込められてるっていうか。」
亮はその言葉を繰り返しながらも、自分でもその意味が曖昧だと感じていた。どうしても、人々に「わかりやすさ」や「素直さ」ではなく、「難解さ」や「深遠さ」を求めてしまう自分がいた。

数日後、亮は自分の言葉について、ひとりでじっくりと考えてみた。クラスの中でも、最も目立つ存在になるにはどうしたらいいのか。深い意味を持った言葉を使うことが、果たして本当に人々に影響を与えるのだろうか？

翌日、亮は少し違ったアプローチを試みた。今度は、わかりやすい言葉を使うことに決めた。それが、果たしてどう反応されるかを見ることにしたのだ。

昼休み、いつものテーブルで友人たちと食事をしていると、亮は意識的に平易な言葉を使ってみた。
「実はさ、今日はこの料理がすごく美味しかったんだ。」
友人たちは顔を見合わせ、そして笑顔を見せた。
「そうなんだ！確かに、美味しそうだね。」
「ほんとだ、よかったね。」
亮は少し驚いた。いつもなら、何かしら意味を込めた言葉を使ってその場を盛り上げようとしていた。しかし、今日はシンプルに言葉を使っただけで、友人たちは明るく反応してくれた。

その瞬間、亮は少し気づいた。複雑で難解な言葉を使うことが、必ずしも深い印象を与えるわけではないことを。むしろ、シンプルで素直な言葉が、より多くの人に伝わるのかもしれないということを。

その後、亮は意識的に「語彙力」を求めるのではなく、相手に伝わる言葉を選ぶようになった。言葉には、その人の思いが込められるものであり、無理に飾り立てる必要はないのだと理解したからだ。

次第に、亮の周りの人々は彼を「賢い」と評価するのではなく、「素直で話しやすい」と感じるようになった。それが、亮にとっては何よりの褒め言葉であり、また本当に伝えたいことが伝わることこそが大切だと気づかせてくれたのだった。

語彙力を持っていることが重要だと思っていた亮は、次第にその価値を見直し、言葉を通じて人々と繋がることの本当の意味を学んでいった。