「俺は小説家になる」と申しております

精霊の愛し子

精霊の愛し子

ニナは母親とともに、長い間旅をしていた。緑豊かな村々を歩き、異国の街並みを見て、数々の冒険を重ねてきた。だが、平穏無事な日々は長く続かなかった。ある日、彼女が訪れた町で、精霊教会の者たちに捕まってしまったのだ。

「あなたは精霊の愛し子だということは分かっているのか？」
教会の高官に問い詰められたニナは、茫然とした。知らなかった。母親から聞かされていたことなど一切なかった。それに、何も分からないまま、無理矢理精霊の教義に従わされるのだろうか？

「お母様を助けて…」ニナは震えながら頼んだが、教会の者たちは冷たく答えた。
「母親は、あなたが精霊の子であることを知っていたからこそ、ここに来たのだ。」
そう言われ、ニナは母親のことを初めて疑った。彼女の心に芽生えたのは、深い裏切りの感情だった。

だが、すぐにその心は国王の手のひらで翻弄されることとなる。国王は、ニナを国にとどめるために、母親を人質に取り、ニナに不本意な約束をさせた。彼女は仕方なく、侯爵家の養女となり、ニネットとして新たな人生を歩むことになった。だが、その生活はまるで牢獄のようだった。

養母は優しく、義妹も初めは親しみを見せたが、次第にニネットを疎ましく思うようになった。母親も、精霊の愛し子という事実には気づかないままだった。ニネットが精霊の力を持つ子であることを知る者は、国王や教会の関係者を除けば誰もいなかった。

そして最も苦しめられたのは、婚約者のカミーユだった。第三王子でありながら、ニネットのことを愛人の子だと誤解し、冷たく接していた。最初は期待していたが、次第にその態度に耐えられなくなり、次第に孤独に包まれていった。

だが、奇跡的な出来事が起きた。義妹がニネットに虐げられたと嘘をつき、その結果、婚約は解消された。ニネットは思わぬ形で自由を手に入れたが、国王はそれを許さなかった。精霊の愛し子を利用するために、彼女に新たな婚約者を用意したのだ。

その新たな婚約者が、ルシアン公爵令息だった。ニネットは初めて彼に会ったとき、その瞳に何か特別なものを感じた。彼の目には、他の誰も見たことがない、ニネットの本当の姿が映し出されていた。

「君が精霊の愛し子だということは、分かっている。」
ルシアンはそう言い、冷静に微笑んだ。

ニネットは驚き、言葉を失った。その時、彼の瞳に浮かんだのは、憐れみでも好奇心でもない、真実を知る者の静かな確信だった。

「私は君が本物の精霊の子であることを信じている。」
ルシアンは言った。
「そして、君の力を欲しているのは、この国の者たちだけではない。」

ニネットはその言葉の意味を完全には理解できなかったが、何かが彼女の心に触れるのを感じた。ルシアンの静かな強さに、何か運命的なものを感じずにはいられなかった。

「私を利用しようとしているのですか？」とニネットは問いかけた。
ルシアンは少し考えた後、静かに答えた。
「君の力を借りることができれば、この国は変わるだろう。でも、それが君にとっての幸せかどうかは、君自身が決めることだ。」

彼の言葉は、ただの取引に過ぎなかったのだろうか？それとも、何かもっと深いものがあったのだろうか？ニネットは一瞬、答えを見つけられなかった。しかし、ルシアンの眼差しは、確かに彼女を試すようであり、そして何よりも、彼女の本当の力を引き出そうとするものだった。

彼に導かれることで、ニネットは次第に自分の内に秘められた力を感じ始めていた。精霊の力を使いこなすことができれば、彼女の運命も変わるのかもしれない。そして、ルシアンとの関係が深まる中で、彼女は新たな希望を見つけていった。

だが、心の中ではひとつの疑念も湧き上がっていた。果たして、精霊の愛し子としての自分の運命に逆らうことはできるのか？そして、ルシアンの言葉が真実であったなら、彼との未来はどうなるのだろうか。

ニネットの新たな旅路が、今、始まろうとしていた。