「俺は小説家になる」と申しております

書きたいものは何ですか？

書きたいものは何ですか？

秋の終わり、風が少しずつ冷たさを増してきた午後、私は古びたカフェの隅で窓の外を眺めながら考えていた。「書きたいものは何ですか？」という問いに答えることが、こんなにも難しいとは思わなかった。

カフェの中は、穏やかな空気が漂っていた。カウンターの向こう側ではバリスタが慣れた手つきでコーヒーを淹れ、テーブルには常連らしき客たちが静かに過ごしている。そんな中で、私は一人、ノートを開いてペンを握っていた。何かを書こうとしたけれど、言葉は次々と浮かぶものの、それらを繋げる糸が見つからない。

「書きたいものは何ですか？」という問いに、答えが出せない自分に少し焦りを感じた。目の前に広がる風景、目を閉じれば過去の思い出、さらには今この瞬間に感じるものが、次々と浮かんでは消えていく。でも、どれもこれも心の中にしまっておきたかった。人に見せるために書くのではなく、ただ自分のために、心の奥底から溢れ出す言葉を一つ一つ大切にしたい。それが、どうしても出来ない自分に苛立ちを感じていた。

「もしかしたら、答えはすぐそこにあるのかもしれない。」

ふと、隣の席で声が聞こえた。隣に座った女性が本を開いて、何やらメモを取っているようだ。その姿に目を向けた瞬間、何かが私の中で動いた。彼女が書いているのは、あの有名な小説家の作品の一節だ。数年前に読んだその本は、確かに心に残るものがあった。

その時、思い出した。私が物を書く理由は、他の誰かのような成功を目指しているわけではないということ。ただ、自分が心から感じるものを伝えたくて、または何かを整理したくて書くのだということ。

「書きたいものは何ですか？」

答えは、その時突然、自然に湧き上がった。それは、決して大きな目標でも、他の人に向けたものでもなかった。ただ自分が感じること、それをただ文字に起こしたいという純粋な欲求だった。

ペンを再び手に取った私は、最初の一行を書き始めた。何も決まっていなかったが、ただただ心の中に浮かんでくる言葉をそのまま書きつけていった。どれだけ不完全でも、どれだけ繋がらない文章でも、それが私の「今」であり、私の声だと思った。

そのうち、カフェの静けさの中で周囲の雑音が薄れていき、私とペンと紙だけが存在しているように感じた。時間がゆっくりと流れ、筆を進めるごとに、心の中にあった何かが整理されていくのを感じた。

「書きたいものは何ですか？」

その問いが意味するのは、実は自分を知ることなのだと気づいた。何を書くかは、それから決めても遅くはない。ただ、その時々の感情や考えを大切にすることで、自分が何を本当に求めているのか、何を大切にしているのかが少しずつ見えてくる。

やがて、私のノートには一つの物語が描かれ始めていた。それは、全く新しいものではなく、過去の自分と向き合い、過去の出来事から得た教訓が反映された話だった。それは愛の話であり、失われたものを取り戻す旅のような物語だった。

「今、書いているものが本当に私が書きたかったものなんだ。」

その瞬間、私は確信した。今、目の前にある言葉は、私自身が必要としていたものだった。誰かに見せるためのものではない。自分のために書くもの。それが、私がずっと求めていた答えだと感じた。

カフェの外では、すでに夕方の色に変わりつつあった空が見える。街灯が灯り始め、少しずつ夜の気配が漂ってきた。けれど私はまだペンを握りしめ、書き続けていた。

自分の中にある問いが、ようやく答えを得たように感じた。書きたいものは何か。それは、他の誰かの期待に応えるためではなく、ただ自分を表現するため、心の中の何かを解放するためにあるのだと。

物語は続き、私はその中で少しずつ自分を見つけ出していた。