「俺は小説家になる」と申しております

追い詰められた少女とその先

「追い詰められた少女とその先」

　あたしは森の中を進み、もうすぐ抜け出せるというところで、道の真ん中に突如現れた男が目の前に立ちふさがった。まるで芝居の悪役の登場みたいなタイミングだ。頭には髪の毛が一本もなく、片目には黒いアイ・パッチ。いかにも悪党という出で立ちだ。彼の口から飛び出した言葉は、さらにあたしの期待を裏切らない。

「やっと追いついたぜ、嬢ちゃん。」

　ゾンビやスケルトンのほうがマシかもしれないくらい古臭いセリフに、思わずため息が出そうになる。そんなセリフ、今時聞かない。上半身は裸で、日に焼けて真っ黒だ。胸には刺青が彫られ、円月刀なんぞを片手に構えている。しかもその油ぎった肌がなんとも不快感を与え、獣脂でも塗りたくったのかというほどギトギトしている。

　これはもう、典型的な「やられ役」の匂いがプンプン漂ってくるキャラクターだ。話の中盤までに出てくる悪役の中で、まず間違いなく一番先に退場するような男だ。

「お前、そんなかっこうして暑くないの？」と、思わず皮肉を口にしたあたしに、男は歯を剥いて笑った。

「嬢ちゃん、おしゃべりするヒマなんかねぇぞ。お前には、オレ様の遊び相手になってもらうからな。」

　男はそう言って、あたしに向かって円月刀を構える。なるほど、見た目通り戦いを挑んできたわけだ。あたしは軽く肩をすくめ、すぐさま腰に差した短剣を引き抜いた。

「ほんと、退屈な相手に当たっちゃったなぁ。」あたしは小声でつぶやきながらも、集中して男の動きを見定める。男は威勢だけは立派だが、どう見ても経験豊富な戦士には見えない。むしろ、自分の力を過信した典型的な「ザコ」だ。

　男が踏み込んでくる。円月刀が振り下ろされ、風を切る音が耳をかすめるが、動きは粗く、遅い。あたしは軽やかに身をかわし、すかさず反撃の一撃を繰り出した。鋭い刃が男の横腹にかすめると、男は苦痛の表情を浮かべながら後ずさりした。

「くっ、やるじゃねぇか……！」男は傷口を抑えつつも、まだ諦める様子はない。少しでも見せ場を作ろうとしているのか、再び構え直したが、あたしには彼の次の動きがすべて見えていた。

「ねぇ、本当に続けるの？」あたしが問いかけると、男は悔しげに歯を食いしばりながらも、あたしの顔をにらみつけた。「オレ様をなめるなよ、まだ終わっちゃいねぇ！」

　再び男が突っ込んでくる。あたしは冷静にそれをかわし、最後の一撃を放つ。瞬間、男の武器があたしの刃の衝撃で手から離れ、地面に転がった。男はその場で膝をつき、無念そうに肩を落とした。

「ったく、これだからやられ役は嫌なんだよね。」あたしはあっけなく終わってしまったことに少しの不満を感じながらも、刀をしまった。男はすっかり戦意を喪失し、やがて力なくその場から逃げ去っていった。

　だが、あたしが立ち去ろうとしたその時、森の奥から何かが動いた音が聞こえた。足元に伸びた影、そして、その先にはまた別の気配が。思わず身構えると、今度は先ほどの男とはまったく違う、冷静な表情の剣士が姿を現した。

「……どうやら、お前の本命はそちらのようだな。」あたしは剣士の鋭い目つきに見つめられながら、小さく息を吐いた。この戦いは、さっきの茶番とは比べ物にならないほどの真剣勝負になりそうだ。

　こうして、再び戦いの幕が上がるのだった。