「俺は小説家になる」と申しております

小犬のワルツ

「小犬のワルツ」

静かな住宅街の片隅、秋の陽射しが柔らかく差し込む午後。美香は近所の小さな公園に向かっていた。彼女の手には小さな紙袋、そこにはペットショップで買ったばかりの小さな首輪と鈴が入っている。

「ポルカ、お散歩よ」

美香の足元で、まだ小さなポメラニアンのポルカが嬉しそうに跳ねまわった。ポルカは生まれて間もないころに、美香の家の近くで迷子になっていたところを保護された。それからすっかり家族の一員となり、美香の毎日に明るい光をもたらしてくれている。特にお気に入りはこの公園で、美香とポルカはいつもここで小さな冒険を楽しむのが日課だった。

今日の公園は、秋の葉が地面を黄色く染め、風がそっと吹くとサラサラと音を立てながら舞い上がる。ポルカはその落ち葉を追いかけて、ふわふわとした毛を揺らしながら小さな体を弾ませている。その姿がまるで、葉の上で踊るように見えた。

「ポルカ、今日も元気いっぱいね」

美香がそう声をかけると、ポルカはひと際大きな鳴き声をあげて、前足で小さなステップを踏んだ。ポルカは美香が「小犬のワルツ」と名付けた遊びを覚えていて、楽しげに駆け回りながらくるくると回るのが大好きだった。ピアノの先生をしている美香がよく練習で弾くショパンの「小犬のワルツ」から、この遊びに名前を付けたのだ。ポルカの動きは美香の奏でる軽やかなリズムとぴったりと息が合い、まるで音楽に合わせて踊っているかのように見えた。

ある日、美香はいつものように家で「小犬のワルツ」を弾いていると、ふとポルカの元気がないことに気づいた。足元で遊んでいたはずのポルカが、じっと音を聞き入るように床に伏せて、動かなくなってしまったのだ。あの弾むような尻尾も垂れ下がり、目にもいつもの輝きが見えない。

「どうしたの、ポルカ？」と、心配そうに撫でてみても、ポルカは弱々しく美香の顔を見つめるだけだった。その夜、美香は一睡もできず、ポルカのそばで心配し続けた。

翌日、美香はポルカを病院に連れて行った。動物病院の待合室で、不安な気持ちで順番を待つ。診察の後、獣医から告げられたのは、ポルカが先天的に心臓が弱い体質であるということだった。

「ポルカはこれからも元気に過ごせますか？」

獣医は優しく頷きながら、「もちろんです。無理のない範囲でお散歩を楽しんだり、美香さんと穏やかな日々を送ることが何よりも大切です」と答えてくれた。

家に戻った美香は、いつものように「小犬のワルツ」を弾き始めた。しかし、今日は少しゆっくりとしたテンポで、静かに、ポルカが無理をせずに聞けるようにと心を込めて演奏した。ポルカは、まだ少し疲れた表情ではあったが、ゆったりとしたメロディに耳を傾けて、穏やかに美香の足元でくつろいでいる。

それからというもの、美香とポルカはお互いに無理をせず、静かな日々を楽しむことにした。公園でも、ポルカは以前のように弾むようには駆け回らなかったが、美香と一緒にのんびりと歩き、時折小さくステップを踏む姿が見られるようになった。美香がゆっくりとしたリズムで「小犬のワルツ」を口ずさむと、ポルカはその音に合わせて、可愛らしいステップを見せてくれるのだった。

秋が終わり、冬が訪れると、公園の落ち葉はやがて白い雪に覆われた。美香はポルカをふわふわとした毛布で包み、寒さから守りながらいつもの公園を歩いた。雪が舞う中、ポルカはふと顔を上げ、ふわふわと降り積もる雪に興味津々の様子で鼻をクンクンと動かしている。その姿に美香は微笑みながら、「ポルカ、雪の上でもワルツを踊る？」と声をかけた。

ポルカは美香の足元で、小さくステップを踏み始めた。かつてのように元気いっぱいではなかったが、ゆっくりとしたテンポで、まるで優雅なダンスを踊るかのように。美香もポルカと一緒に足を踏み鳴らし、二人だけの小さなワルツを雪の上で奏でた。

彼女は今も「小犬のワルツ」を弾くたびに、ポルカとの特別なひとときを思い出す。ポルカは今でも美香のそばにいて、彼女の演奏を静かに見守っているような気がする。そして、その音色に合わせて、ポルカも心の中で、永遠に続くワルツを踊り続けているのだった。