「俺は小説家になる」と申しております

霧の彼方の声

「霧の彼方の声」

深夜、雪がしんしんと降り積もる静かな山間の村に、一人の男がゆっくりと歩いていた。男の名前は高橋拓真。彼は都会の喧騒から離れ、心の平穏を求めてこの村にやってきたのだが、この冷えた空気に包まれる中で何か異質なものを感じ取っていた。

周囲は濃霧に包まれ、手元の懐中電灯だけが彼の視界をわずかに照らしていた。しかし、その微かな光の先に、何かが動くような気配があった。拓真は立ち止まり、耳を澄ませる。すると、霧の向こうから微かに女性の声が響いてきた。

「助けて…」

その声は、冷たさと悲しみに満ちており、聞く者の心を揺さぶる力を持っていた。拓真はぞっとしたが、好奇心と不安の混ざり合った感情が彼を声のする方へと導いた。足を進めるたびに、声は少しずつ大きく、鮮明になっていく。

「誰か…私を見つけて…」

拓真は辺りを見渡したが、視界は霧に遮られて何も見えない。それでも、彼の心は奇妙な使命感に突き動かされ、ついに声の主の元に辿り着くことを決心する。

しばらく進んだ先に、古びた神社が現れた。神社は寂れ、鳥居には苔が生え、長い年月を経た形跡が随所に見られた。拓真はその場所の神秘さに心を奪われたが、同時に背筋に冷たいものが走った。

「ここに、いるのか…？」

拓真が声を掛けると、周囲の静寂が一層深まったかのように感じられた。すると突然、彼の背後から小さな鈴の音が鳴り響いた。拓真は振り返ったが、そこには誰もいない。ただ、かすかに白い人影が霧の中に浮かび上がった気がした。

その瞬間、拓真の頭に稲妻のようなひらめきが走った。これは、かつてこの村で起きた悲劇に関係しているのではないかと。

彼が宿に戻り、村の古老に話を聞くと、50年ほど前に、若い女性がこの神社の前で行方不明になったという話を聞かされた。その女性は、村人たちの間では忘れられた存在であり、未だに彼女の遺体は発見されていないらしい。

拓真は、その日から女性の霊が求める何かを見つけるため、何度も神社を訪れるようになった。そしてある晩、霧の中で再び彼女の声が聞こえてきた。

「ありがとう…」

その声は、今度はどこか穏やかで、彼女がようやく成仏したかのように感じられた。拓真は深く息をつき、静かに手を合わせた。彼が目を開けた時には霧は晴れ、月明かりが神社を優しく照らしていた。