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レジリエンス

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「レジリエンス」

薄暗い部屋の隅に、佐々木麻衣は座っていた。長年勤めてきた会社を退職したその日、彼女の心は重く沈んでいた。ある大口の取引先を逃してしまった責任を問われ、連日上司に詰められ、最後は自主退職を勧められた。勤続15年、尽力してきた職場が、いつの間にか彼女にとって居場所ではなくなっていた。

麻衣は、深く息をついた。疲れが重なり、感情が揺らいでいる。だが、ふと窓の外を見ると、夕焼けが空を染めているのが目に入った。その鮮やかなオレンジと紫が溶け合う光景が、彼女の心に少しの安らぎをもたらした。家にこもってばかりでは、考えも暗くなる。麻衣は散歩に出ることにした。

外に出てみると、秋の涼しい風が顔に心地よく吹き付けた。ふらりと歩いていると、近所の公園で、楽しそうに遊んでいる子供たちの声が聞こえた。麻衣はその光景を眺めながら、自分がまだ若い頃、学生時代のことを思い出した。将来はバリバリ働きながら家族を支える自分を夢見ていた頃。あの時の自分なら、今の自分をどう思うだろうか。

ふと、隣にいた年配の女性が声をかけてきた。「若いのに、元気がないわねぇ。何かあったのかしら?」その優しい眼差しに、麻衣は心の内を少しだけ話してみた。退職に至るまでの苦悩や、未来への不安をつらつらと述べると、女性は微笑みながらこう言った。

「私もね、若い頃に色々あったのよ。夫を突然亡くしたり、子供が病気になったり。でもね、人は何度でも立ち直れる。そういう力を、レジリエンスって言うのよ。大事なのは、決して自分を見捨てないこと」

「レジリエンス…ですか」

その言葉が、麻衣の心に深く響いた。自分も、これまで何度もつまずき、失敗してきたが、その度に立ち上がってきた。だからこそ、今の自分がここにいる。その瞬間、自分にもっとしなやかな強さがあることを思い出せた気がした。

麻衣は翌日、久しぶりに履歴書を整理し、新しい職探しを始めた。何社か面接を受けたが、すぐに結果は出ない。しかし、今の彼女にはあの女性の言葉が支えとなっていた。「人は何度でも立ち直れる」。

一か月後、彼女は地域の中小企業に採用されることになった。大企業で培ってきた経験を生かし、こつこつと仕事に向き合う日々が続いた。新しい環境に慣れるまでの間も不安や焦りはあったが、少しずつ、職場の人たちとの信頼関係を築き、自分の居場所を作っていった。

ある日、仕事の帰り道、麻衣はふとあの公園に寄ってみた。子供たちが走り回り、笑い声が響くその光景を眺めながら、自分もこの場所で少しずつ再生していったことを思い出していた。

彼女の胸には、もう一度立ち上がることができた自分への誇りがある。そして、もし次にまたつまずくことがあっても、自分ならきっと大丈夫だという自信もあった。人は、何度でも立ち直ることができる。麻衣の心には、その「レジリエンス」が確かに根付いていた。






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