「俺は小説家になる」と申しております

春秋花壇

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完了しない投稿

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「完了しない投稿」

午前2時。しんと静まり返った部屋で、沙耶はパソコンの画面を睨んでいた。疲れ切った目に映るのは、いつまでも変わらない進行中の投稿画面。新しい作品をアルファポリスに投稿するために深夜までかかって仕上げた小説が、投稿完了の表示を待つことなく、ずっとその場で止まっている。

「なんでこんなときに…」

思わず独り言が漏れた。せっかく数カ月かけて完成させた作品。これが彼女にとって初めての投稿で、どんな反応が返ってくるのかを楽しみにしていた。彼女の指先は何度も更新ボタンを押したが、画面には「応答時間が長すぎます」のエラーメッセージが現れ、結局何も変わらない。

沙耶は少し顔を伏せて机に肘をついた。これまでの彼女はずっと読む側であり、いつも誰かの作品に感動したり、勇気づけられたりしていた。物語が好きで、登場人物に寄り添い、想像の世界に浸ることが日常の楽しみだった。しかし、読者であるだけでは満足できなくなり、ついに自分も小説を書き始めることを決めたのだ。だが、投稿が完了しないという現実に直面し、彼女の心は少しずつ冷えていくように感じられた。

「私の作品、もしかして世に出ることがないのかな…」

小さなつぶやきが、彼女の心の奥底にある不安を映し出していた。たった一つのエラーメッセージが、彼女の心を追い詰めていた。

ふと、沙耶はパソコンの電源を落とし、立ち上がった。そして、窓のそばへと歩み寄り、少しだけ外の空気を吸い込むと、その冷たさが彼女の気持ちをわずかに落ち着かせてくれた。月明かりが静かに差し込み、淡い光の中で彼女の影が伸びている。

「最初からうまくいかないものなのかもね…」

諦めにも似た声を小さく漏らすと、沙耶は自分の感情に気づいた。そもそも、自分の作品が他の人に受け入れられるかどうか、それ自体が怖かったのだ。この失敗が、ある意味で「発表しなくてよかった」という逃げ道を与えているのではないかと、ふと思い始めた。

でも、彼女は再び机に戻ると、パソコンを開いた。どうしても諦めきれない思いが彼女を突き動かしていた。アルファポリスのページがまだ応答しないと知りつつも、また更新ボタンを押した。やはり同じエラーメッセージが出てしまうが、それでも何度も試し続けた。

すると突然、メッセージアプリがピンと通知音を立てた。画面を確認すると、小説仲間の奈央からのメッセージだった。

「沙耶、大丈夫?遅い時間にごめんね。アルファポリス、今すごく重いってネットでも話題になってるよ。アクセス集中してるみたい」

そのメッセージを見て、沙耶は少し安堵した。自分の投稿が失敗したのは、自分のせいではないのかもしれないと感じられたのだ。

「ありがとう、奈央。私、投稿したのにエラーになっちゃって、うまくいかなくて…」

すぐに返事が返ってきた。

「わかるよ。初めての投稿って緊張するよね。でも、こうやって作品を世に出そうとしてること自体がすごいんだから。たとえ今夜がダメでも、また再挑戦すればいいよ!」

奈央の言葉に少し元気をもらい、沙耶の気持ちは少しずつ落ち着きを取り戻した。今夜が無理なら、また明日挑戦すればいい。小説を書くことも、投稿することも、そして誰かに読んでもらうことも、全てが初めての経験なのだ。だからこそ、この失敗も大切な一歩なのかもしれない。

そのまま数分間、奈央とやり取りを続けていると、ふとパソコン画面が再び動いた。沙耶は半信半疑で画面を確認すると、なんと投稿の完了画面が表示されていた。ページは重いながらも、ゆっくりと動き始めていたのだ。

「やった…!」と、沙耶は小さくガッツポーズをした。長い夜が報われた気がした。投稿が完了したことで、ついに彼女の作品が誰かの目に触れるかもしれないという期待が胸に膨らんだ。彼女は自分の心に宿る小さな不安や恐れを少しずつ解き放し、純粋に誰かと物語を共有したいという気持ちだけが、そこに残った。

「これからは、もっと書き続けてみよう。もっと、いろんな人に読んでもらいたい」

自分の小さな一歩が、これからの新しい道を切り開いてくれると信じて、沙耶は深夜の窓から差し込む月明かりの中で、微笑んだ。そしてその夜、彼女は初めて小説を書き上げた時の喜びを思い出しながら、ゆっくりとベッドに身を沈めた。

彼女にとって、この夜のエラーメッセージや応答の長い待機時間は、ほんの一瞬の障害にすぎなかった。そして、すべての物語が少しずつ形を成していくように、彼女の作家としての物語も、ようやく始まろうとしていた。








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