「俺は小説家になる」と申しております

春秋花壇

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チートデイ

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「チートデイ」

玲奈（れな）は、ストイックな生活を続けていた。パーソナルトレーナーとして、健康的な食事と毎日の運動が習慣になっていたが、それ以上に自分の完璧な体型を維持することが、彼女にとって何よりの誇りだった。毎朝、きっちりと時間をかけて準備されたサラダやスムージーで始まり、昼食もカロリーや栄養素を綿密に計算した食事を摂る。夕食も同じく、タンパク質を中心にしたメニューだ。週に何度かクライアントと共に運動し、自身もトレーニングを欠かさない。玲奈にとって、この生活は「完璧」そのものだった。

しかし、心のどこかでは、何かが足りないと感じる瞬間が増えていた。誰かが美味しそうなスイーツを食べているのをSNSで見たり、レストランの窓から流れる芳醇な香りをかいだりするたびに、玲奈の中で小さな欲望がうごめいた。

「私だって、本当は甘いものを食べたい」

けれど、玲奈は自分に厳しかった。トレーナーとしての自覚もあり、何より、食事に甘えてしまう自分が許せなかった。ダイエットを崩さずに保つことが、彼女にとっては自身の価値を証明する方法でもあった。

ある日、同僚の香織（かおり）が、ジムの控室でポツリと言った。

「玲奈さん、たまにはチートデイとか、取ってる？」

「チートデイ？」玲奈は首を傾げた。聞いたことはあるが、自分とは無縁だと思っていた言葉だった。

「そう、チートデイ。好きなものを食べていい日。私、月に一回だけだけど、自分にご褒美としてやってるんだ。ストレスも発散できるし、リセットしてまた頑張れるよ」

玲奈はその言葉に驚いた。香織もパーソナルトレーナーで、体型をしっかり保っている。そんな彼女が「好きなものを食べる日」を設けているなんて、玲奈には信じがたかった。

「好きなものを食べる日か……」

玲奈の頭に、チーズがとろけたピザやクリームたっぷりのパフェが浮かんだ。それらのイメージは彼女の心をくすぐり、抑えていた食欲を刺激した。

「いや、でも……」

玲奈は、自分の厳格な食事制限を崩すのが怖かった。自分を甘やかしてしまったら、どこまで甘さが許されるのかわからない。何年も続けてきた「完璧な生活」を壊すことはできない、と心の中で思った。

しかし、その夜、玲奈はベッドで考え込んでいた。確かに彼女の生活は規則正しく、健康的だ。だが、同時にいつの間にか自分を「罰する」ような感覚も生まれていたことに気づく。食べたいものを我慢し続けるストレス、それを口にしたら全てが無駄になるという恐怖感。その全てが、玲奈の心をじわじわと疲弊させていた。

「一日だけ、チートデイを試してみてもいいんじゃない？」

そう思い始めた自分に驚きながらも、玲奈はその誘惑に少し心が傾いた。

そして次の日、彼女はチートデイを実行する決意をした。いつものサラダを避けて、朝から久しぶりのパンケーキを注文した。ふわふわの生地にバターが溶け、シロップがたっぷりとかかったパンケーキを一口食べた瞬間、玲奈の体に電流が走った。

「こんなに美味しかったなんて……」

口の中で広がる甘さ、柔らかい食感、それに心がとろけるような幸福感。玲奈は、一つ一つの瞬間を噛みしめるように味わった。その後、昼にはピザ、夕方にはチーズケーキを楽しんだ。すべての食べ物が、今までの我慢を解き放つかのように、玲奈に喜びをもたらしてくれた。

一日中食べたいものを食べて過ごすと、玲奈の体はいつもとは違う満足感で満たされていた。だけど、その夜ベッドに入る頃、玲奈は少しの後悔も感じ始めた。

「これで、明日からちゃんと元の生活に戻れるのかな？」

チートデイが終わった後、玲奈は自分がどんな気持ちになるのか少し不安だった。体重計に乗るのも、明日からの食事を再開するのも、少し怖かったのだ。だが、翌朝体重を測ってみると、想像していたほど大きな変化はなく、体も重くは感じなかった。

「意外と、大丈夫なんだ」

玲奈は安堵した。そして、自分を責めずに一日だけ食べたいものを楽しんだという事実が、彼女の心にポジティブな影響を与えていることに気づいた。

その後、玲奈は自分の生活に月に一度のチートデイを取り入れるようになった。毎日完璧であろうとすることに疲れていた自分にとって、チートデイは心のリセットボタンのような存在だった。そして、ストレスをためることなく健康的な生活を続けるために、バランスを保つことがどれほど大切かを学んだ。

「自分に厳しくしすぎる必要はないんだな」

玲奈はそう感じるようになった。チートデイを通じて、彼女は完璧でなくても自分を許し、受け入れることができるようになった。それはただの「ご褒美の日」ではなく、自分の心と体を大切にするための時間でもあった。

今、玲奈はクライアントにもこうアドバイスしている。

「完璧を求めるよりも、たまには自分を許して、楽しむ時間を作ること。それが本当の健康につながるんだよ」

玲奈は、チートデイを取り入れたことで、かつての自分とは違った柔軟な生き方を手に入れた。そして、食べることの喜びや、自分を大切にすることの意味を再発見した彼女の毎日は、以前よりも穏やかで充実している。

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