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最後の贈り物

「最後の贈り物」

幼い頃から、翔太（しょうた）は父親の背中を見て育った。父は町工場の職人で、毎日油で汚れた作業着を着て、黙々と仕事をしていた。言葉は少ないが、いつも家族を思ってくれていることは、翔太も感じていた。母が早くに他界し、父は男手ひとつで翔太を育ててきた。そんな父を、翔太は誇りに思っていた。

「お前は、好きなことをやればいいんだよ」

父が仕事の合間にそう言ったのを覚えている。翔太が大学に進学し、都会で生活を始めた時も、父は一度も「帰ってこい」とは言わなかった。それが翔太にとってはありがたかった。父の思いを理解していたからこそ、自分の夢を追い続けることができたのだ。

だが、その日は突然やってきた。大学を卒業し、仕事に就いたばかりの頃、父が重い病気で倒れたという知らせが届いたのだ。慌てて地元に戻ると、父は病院のベッドで、これまで見たこともないほど小さくなっていた。

「大丈夫だよ、父さん。すぐに良くなるさ」

翔太は笑顔でそう言ったが、父の顔に浮かぶ表情は弱々しかった。医者からは、余命が短いことを告げられた。現実は残酷だった。強く生きてきた父が、病に倒れ、もう立ち上がることはないと言われた時、翔太は何か大切なものを失いかけている気持ちになった。

それからというもの、翔太は仕事を辞め、父の介護に専念することにした。父と過ごす時間は、長くはないかもしれない。少しでも一緒にいられる時間を大切にしたかった。

ある日、病室で父がぽつりとつぶやいた。

「俺も、もうすぐお前に何か残してやることもできなくなるな」

翔太は首を振った。

「そんなこと言わないでくれよ。父さん、まだまだ元気になるさ。俺には十分すぎるくらい、いろんなものをもらったよ」

しかし、父は弱々しく微笑んだだけで、それ以上は何も言わなかった。翔太はその言葉が胸に引っかかっていたが、聞く勇気もなかった。

数週間後、父は静かに息を引き取った。その時、翔太は初めて涙をこぼした。ずっと我慢していた気持ちが、父の最期を見届けた瞬間に一気に溢れ出したのだ。

葬儀が終わり、家に戻った後、翔太は一人で家の中を整理し始めた。父が使っていた道具や、生活の痕跡が至る所に残っていた。寂しさと喪失感が彼の胸を締めつける中、ふと父の作業場に目が止まった。

小さな町工場。父が毎日黙々と働いていた場所だった。翔太は扉を開けて、埃をかぶった古びた道具たちを見つめた。そこには父が長年大切にしてきたものがすべて詰まっていた。

その時、工場の片隅に置かれた古い木箱が目に入った。何気なく蓋を開けると、中には手紙と小さな木の彫刻が入っていた。その彫刻は、翔太が幼い頃に父に「一緒に作ってみたい」と言っていたものだった。それは、木で作られた小さな動物のフィギュアで、父が少しずつ作っていたもののようだ。

手紙にはこう書かれていた。

「翔太へ。お前が小さい頃、一緒に作りたいと言っていたものを、俺はずっと覚えていた。仕事が忙しくて時間が取れず、気がついたらお前はもう大人になっていたな。だから、時間ができた時に少しずつ作り始めたんだ。でも、俺ももう完成させることができなかった。すまない。だけど、これだけはお前に渡しておきたかった。俺ができなかった部分は、お前が仕上げてくれ。お前ならきっと立派なものを作れるはずだ。いつも応援している。父より」

手紙を読んで、翔太は涙が止まらなかった。父が、自分のためにこんなことをしてくれていたなんて、夢にも思わなかった。彼は、父が作りかけたその彫刻を手に取り、じっと見つめた。

それは、未完成な形だったが、父の手が込められた細かな細工が施されていた。翔太は、その彫刻を手に、作業台に座った。そして、父が遺してくれた最後の贈り物を、自分の手で完成させることを決意した。

木の感触を確かめながら、父の道具を手に取る。父と過ごした日々、厳しかったけれど優しかった父の背中を思い出す。いつも無言で、だけどいつも温かかった。

「ありがとう、父さん」

翔太は心の中でそう呟きながら、父が遺してくれたものを、少しずつ仕上げていった。作業をするたびに、父が自分のすぐそばにいるような気がして、涙がこみ上げてくる。

数週間が経ち、ついに彫刻は完成した。それは、小さな木の動物が微笑んでいるように見える優しい作品だった。翔太はそれを手に取り、父の写真の前にそっと置いた。

「父さん、これで完成だよ」

静かな部屋に、翔太の声が響いた。涙がこぼれたが、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。父との時間、そして最後の贈り物が、翔太の心に永遠に刻まれた。

翔太は今、父から受け取ったものを胸に、再び自分の夢に向かって歩き出している。父が遺してくれた彫刻と共に、彼の心の中にはいつも父の温かい思いがあるのだ。