「俺は小説家になる」と申しております

悪夢

悪夢

夜の静寂が包み込む中、母親の里香（りか）は、いつものようにベッドに入った。温かい毛布にくるまり、彼女は穏やかな眠りに落ちていく。しかし、その穏やかさは長くは続かなかった。夢の中に入ると、彼女は突然、幼い娘、あかりを探していた。

あかりは、彼女が最後に見たときには、まだ小さな子供だった。母親の手を握りしめて、無邪気に笑っていた。だが今、彼女は40歳になり、家庭を持ち、別の生活を歩んでいる。里香の心の中にあるのは、懐かしい幼い日の思い出だけだった。

しかし、夢の中では、あかりが消えてしまったのだ。里香は慌てて立ち上がり、家の中を探し回った。寝室、リビング、台所、どこを見ても彼女の姿は見当たらない。心の中で不安が膨れ上がり、まるで暗い雲が彼女を覆っていくようだった。

「どこにいるの、あかり！」と叫びながら、彼女は廊下を駆け抜けた。耳を澄ませると、微かに聞こえる子供の笑い声があったが、それはどこから来るのかわからなかった。里香はその声を追いかけるように、家の外へ飛び出した。

夜空には、無数の星が輝いていた。しかし、その美しさも里香の心には響かなかった。彼女は必死で、街中を探し回った。近所の公園や友人の家、行きつけの店までも、あかりの姿を探して彷徨った。だが、どこに行っても彼女はいなかった。

「お願い、見かけた人は誰でもいい、教えて！」と、里香は周りの人々に声をかけた。しかし、誰も彼女を振り返らなかった。人々はまるで里香の存在を無視するかのように、自分たちの世界に没頭している。彼女はますます孤独を感じた。

その時、里香の目に映ったのは、古びたおもちゃ屋だった。店の中は薄暗く、埃をかぶったおもちゃが並んでいた。ふと、彼女はその中に小さな頃のあかりが遊んでいる姿を思い描いた。心の中で何かが引っかかり、思わず店のドアを押し開けた。

「おかえりなさい！」と、店の奥から声がした。それは、あかりの声にそっくりだった。里香は驚いて振り向いたが、そこには見知らぬ店主が立っていた。彼女はその声に引き寄せられるように、奥へ進んでいった。

「おかえり、ママ。ずっと待ってたよ。」その声が再び聞こえた。里香は目を丸くした。目の前には、幼いあかりが立っていた。彼女は笑顔を浮かべているが、どこか悲しげな表情も見え隠れしていた。

「あかり、どうしてここにいるの？」里香は息を飲んだ。心の中では嬉しさと不安が入り混じっていた。

「ここにいるよ、ずっとここにいる。ママも来て、ここで一緒に遊ぼうよ。」あかりは無邪気に言ったが、その言葉の裏には、何か深い意味が隠されているように感じられた。

「でも、あなたはもう大人なんだから、家に帰らなきゃ！」里香は言ったが、あかりは首を振った。

「ママは私を忘れたの？私はずっとママと一緒にいたいのに。」その言葉に里香の胸が締め付けられた。自分があかりをどれだけ愛していたか、思い知らされた瞬間だった。

「私は忘れてなんかいない！でも、あなたは大人になって、私の元を離れたのよ。」里香の声は震えていた。彼女は母としての責任を果たせなかったのではないかと、自己嫌悪に陥った。

「それでも、私はここにいる。ママも来て、一緒にいよう。」あかりは笑顔を向けたが、その笑顔は里香にはどこか寂しげに見えた。

里香の心は揺れ動いた。子供の頃のあかりと一緒にいることは幸せだが、彼女が大人としての生活を送ることを思うと、里香はその選択をすることができなかった。

「ごめんね、あかり。あなたを愛している。でも、あなたには自分の人生があるの。私はそれを応援するから。」里香は涙を流しながら言った。心の底から、彼女の娘が幸せであることを願っていた。

その瞬間、あかりの表情が変わった。彼女は微笑みを浮かべながら、ゆっくりと消えていった。里香は手を伸ばしたが、あかりはどんどん遠くなっていく。

「ママ、ありがとう。私は大丈夫だから。」その言葉が最後に耳に残った。里香は目を閉じ、全身の力が抜けていくのを感じた。

目が覚めると、彼女はベッドの上に横たわっていた。暗い部屋の中で、明るい光が差し込んでいる。すべてが現実であることを理解したとき、里香はほっと息をついた。

しかし、心の奥に残るあかりの声は消えなかった。彼女は40歳になっても、母の心の中でいつまでも大切な存在であることを感じた。里香は立ち上がり、娘に向けて心の中で祈った。

「あなたの幸せを、ずっと願っているわ。」