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夜明け前のインスタントラーメン

夜明け前のインスタントラーメン

夜も深まった頃、田中翔太はひとり、インターネットカフェの薄暗いブースに座っていた。パソコンの画面がぼんやりと光を放ち、店内にはキーボードを叩く音や、たまに遠くから聞こえてくる人の声が交じっていた。

翔太は今日もまた、カフェで一晩を過ごすことに決めていた。大学を卒業してから数年、まともな就職先を見つけることができず、派遣やアルバイトを転々としていた。貯金も底をつき、アパートを引き払った後は、インターネットカフェが彼の「住処」になっていた。定職も家もないこの生活は、まるで行き場を失ったような日々だった。

店の中は静かで、パソコンの前での長時間の作業に疲れた翔太は、目をこすりながら一息つこうとカップラーメンを買うことにした。インターネットカフェには、セルフサービスの飲み物や軽食が用意されており、店内の自動販売機には何種類かのカップラーメンが並んでいた。翔太はその中から一番安いものを選んで、店の隅にある給湯機でお湯を注いだ。

カップラーメンの蓋を閉じ、3分が経つのを待つ間、翔太はぼんやりとした頭で考え事をしていた。こんな生活がいつまで続くのだろうか、という不安が頭をよぎった。実家に戻る選択肢もあったが、親に迷惑をかけたくないというプライドが彼を阻んでいた。

「せめて、まともな仕事を見つけてから…」

そう自分に言い聞かせながらも、現実はそう簡単ではないことを痛感していた。仕事の面接に何度も落ち、先の見えない生活が続く中で、翔太の自信は次第に削り取られていった。

「カップラーメンができたか…」

3分が過ぎたことに気づき、翔太はカップラーメンの蓋を開けた。湯気がふわりと立ち上り、醤油ベースの懐かしい香りが鼻をくすぐった。どこにでもある安物のカップラーメンだったが、今の翔太にとってそれは、貴重な一食だった。何も考えず、無心で一口すすると、意外なほどの美味しさが口の中に広がった。

「うまい…」

それは豪華な料理でも特別な味でもない。ただ、シンプルで温かい味が、今の彼にとって何よりも慰めになった。食べることで、少しだけ気持ちが落ち着き、心の隙間を埋めてくれるような感覚があった。

翔太は黙々とラーメンをすすりながら、ふと思い出したのは、学生時代の友人たちとの時間だった。深夜まで語り合い、カップラーメンを食べながら、くだらないことを笑い合った日々。未来が不安でないわけではなかったが、それでも今よりずっと希望に満ちていた。

あの頃は、何でもできると思っていた。夢を語り、挑戦することを恐れず、失敗しても笑い飛ばすだけの余裕があった。だが今、目の前の現実は、その頃とは全く違っていた。日々の生活に追われ、未来に対する期待も失いかけている自分がいる。翔太はため息をつき、箸を置いた。

「何でこんなことになったんだろうな…」

声に出しても答えは出なかった。ただ、カップラーメンの温かさだけが、今の彼にとって唯一の安らぎだった。

食べ終わった後、翔太はブースに戻り、再びパソコンの前に座った。求人サイトを開き、いつものように新しい仕事を探し始めた。画面には数えきれないほどの求人情報が並んでいたが、そのどれもが彼にとって遠い世界のように感じられた。

それでも、彼はあきらめなかった。次のページをクリックし、新しい可能性を探していく。失敗続きの人生でも、まだ終わっていない。翔太はそう自分に言い聞かせながら、画面をスクロールし続けた。

しばらくして、翔太は目を閉じて深呼吸をした。眠気が押し寄せてきたが、今はまだ寝たくなかった。もう少し、もう少しだけ、未来に繋がる何かを探したかった。

その時、ふと携帯電話が鳴った。誰からだろう、と不思議に思いながら画面を見ると、久しぶりに連絡があったのは、学生時代の友人、山田だった。何年も連絡を取っていなかった彼からのメッセージには、こう書かれていた。

「元気にしてるか？もし時間があったら、今度久しぶりに会わないか？」

翔太は驚いた。山田とは、大学卒業後に疎遠になっていたが、彼のことを時々思い出すことはあった。何かの縁か、こんなタイミングで連絡が来るとは思っていなかった。

少しの迷いの後、翔太は返信を書き始めた。

「元気だよ、久しぶりだな。会おうよ、時間を合わせるよ。」

メッセージを送ると、少しだけ心が軽くなった。久しぶりに誰かと会って話すことが、今の彼に必要なのかもしれないと感じた。カップラーメンの温かさに救われたように、誰かとの繋がりがまた、彼の心に小さな灯火をともすのだろう。

翔太は再びパソコンの画面に向き直った。先ほどとは違い、少しだけ未来に向けて前を向ける自分がいた。簡単にはうまくいかないかもしれないが、それでも彼は少しずつ進んでいくことを決意した。

「また、明日から頑張ればいいさ。」

そう呟きながら、翔太はパソコンを閉じ、眠りにつく準備をした。インターネットカフェのブースの狭い空間は変わらないが、翔太の心には少しの余裕が戻っていた。カップラーメンの温もりが、彼にわずかながらも希望を与えてくれたのだ。

翌朝、彼はまた新しい一日を迎える準備を始めた。