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海人舟(あまぶね)
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海人舟(あまぶね)
早朝の海は静かだった。水平線の彼方に薄い朝焼けが滲み出し、波の音が微かに耳を撫でていく。隆二(りゅうじ)は、古びた木製の小舟に手をかけ、ゆっくりと沖へ漕ぎ出した。彼はこの海で生まれ育ち、祖父も父も海人(あま)だった。隆二もまた、海の恵みを頼りに生計を立てている。
村では「海人舟」と呼ばれる、海人専用の小舟が代々受け継がれてきた。風や波の影響を最小限にするため、独自の形状を持つこの舟は、長い年月をかけて改良されてきた。隆二が今使っているこの舟も、彼の祖父が手作りしたものだった。
「今日も穏やかな日だな」彼はひとりごち、深呼吸した。
目の前には青く広がる大海原。波は優しく、風も心地よい。この瞬間、隆二は海と一体になるような感覚を覚える。だが、彼の心は重かった。
隆二の家族は、この地で漁業を営む者ばかりだったが、時代の変化とともに漁の収入は減り、若者たちは次々に村を出ていった。彼の兄も、その一人だった。隆二は村に残り、海と向き合い続けているが、最近はそれが正しい選択だったのか、疑問を抱くことが多くなっていた。
数年前、妻の美智子(みちこ)が病に倒れ、それ以降、隆二は彼女の看病をしながら漁を続けていた。美智子は彼に、「この海での生活が私たちの誇りよ」とよく言っていた。彼女は病に侵されている間も、海を見つめていた。そして、その美智子もこの世を去った。
美智子を失った後、隆二は何度も海に背を向けようとした。しかし、毎朝、祖父や父が漕いだ同じ海に出ることで、彼は彼女との日々を思い出し、少しだけ安らぎを得ることができたのだ。だが、その安らぎも次第に薄れつつあった。
海は変わらない。だが、人の心は移ろいゆく。隆二はそれを知りながらも、この海と切り離せない自分に戸惑いを感じていた。
「隆二!」突然、遠くから声が聞こえた。
振り返ると、漁港の堤防に村の若者、健太(けんた)が立っていた。健太は村を出るかどうか迷っている、まるで自分のかつての姿を見ているような青年だ。彼は隆二にとって弟のような存在だった。
「何だ、こんな早くから」と隆二は苦笑いしながら手を振った。
健太は舟に乗り込むと、「今日は一緒に出ようと思って」と言った。
「そうか、じゃあ頼むぞ」と、隆二は笑顔を見せた。
二人は静かに海を漕ぎ出した。しばらくの間、会話もなく、ただ波の音と櫂(かい)の水を掻く音だけが聞こえた。隆二はふと、祖父や父と出たあの日々を思い出した。彼もまた、若い頃はこの海を未来への希望と捉えていた。今、それを健太が繋ごうとしている。
やがて、沖合に到達すると、二人は漁の準備に取り掛かった。隆二が網を広げ、健太が手際よく餌を撒いた。太陽が海面に反射し、二人の顔を照らす。その光景はまるで時が止まったかのように、静かで美しかった。
「ねえ、隆二さん…俺、やっぱり村を出るのはやめようかなって思ってるんだ」と健太がぽつりと呟いた。
「そうか…」隆二はその言葉を噛み締めた。
「ここで生きるのも、悪くないって思えてきたんだ。隆二さんみたいに、この海と向き合ってさ。」
隆二は空を見上げた。美智子の笑顔が脳裏をよぎる。彼女もまた、この海で生きることに誇りを持っていた。彼女の思いが、健太を通じて次の世代へ受け継がれているのだ。
「それなら、お前もこの海人舟を継ぐか?」冗談交じりにそう言った隆二だが、胸の奥には確かな希望が灯っていた。
健太は笑って、「まだまだ隆二さんには勝てませんよ」と、しっかりと櫂を握った。
青い海の上、二人の海人が静かに未来を見つめていた。
早朝の海は静かだった。水平線の彼方に薄い朝焼けが滲み出し、波の音が微かに耳を撫でていく。隆二(りゅうじ)は、古びた木製の小舟に手をかけ、ゆっくりと沖へ漕ぎ出した。彼はこの海で生まれ育ち、祖父も父も海人(あま)だった。隆二もまた、海の恵みを頼りに生計を立てている。
村では「海人舟」と呼ばれる、海人専用の小舟が代々受け継がれてきた。風や波の影響を最小限にするため、独自の形状を持つこの舟は、長い年月をかけて改良されてきた。隆二が今使っているこの舟も、彼の祖父が手作りしたものだった。
「今日も穏やかな日だな」彼はひとりごち、深呼吸した。
目の前には青く広がる大海原。波は優しく、風も心地よい。この瞬間、隆二は海と一体になるような感覚を覚える。だが、彼の心は重かった。
隆二の家族は、この地で漁業を営む者ばかりだったが、時代の変化とともに漁の収入は減り、若者たちは次々に村を出ていった。彼の兄も、その一人だった。隆二は村に残り、海と向き合い続けているが、最近はそれが正しい選択だったのか、疑問を抱くことが多くなっていた。
数年前、妻の美智子(みちこ)が病に倒れ、それ以降、隆二は彼女の看病をしながら漁を続けていた。美智子は彼に、「この海での生活が私たちの誇りよ」とよく言っていた。彼女は病に侵されている間も、海を見つめていた。そして、その美智子もこの世を去った。
美智子を失った後、隆二は何度も海に背を向けようとした。しかし、毎朝、祖父や父が漕いだ同じ海に出ることで、彼は彼女との日々を思い出し、少しだけ安らぎを得ることができたのだ。だが、その安らぎも次第に薄れつつあった。
海は変わらない。だが、人の心は移ろいゆく。隆二はそれを知りながらも、この海と切り離せない自分に戸惑いを感じていた。
「隆二!」突然、遠くから声が聞こえた。
振り返ると、漁港の堤防に村の若者、健太(けんた)が立っていた。健太は村を出るかどうか迷っている、まるで自分のかつての姿を見ているような青年だ。彼は隆二にとって弟のような存在だった。
「何だ、こんな早くから」と隆二は苦笑いしながら手を振った。
健太は舟に乗り込むと、「今日は一緒に出ようと思って」と言った。
「そうか、じゃあ頼むぞ」と、隆二は笑顔を見せた。
二人は静かに海を漕ぎ出した。しばらくの間、会話もなく、ただ波の音と櫂(かい)の水を掻く音だけが聞こえた。隆二はふと、祖父や父と出たあの日々を思い出した。彼もまた、若い頃はこの海を未来への希望と捉えていた。今、それを健太が繋ごうとしている。
やがて、沖合に到達すると、二人は漁の準備に取り掛かった。隆二が網を広げ、健太が手際よく餌を撒いた。太陽が海面に反射し、二人の顔を照らす。その光景はまるで時が止まったかのように、静かで美しかった。
「ねえ、隆二さん…俺、やっぱり村を出るのはやめようかなって思ってるんだ」と健太がぽつりと呟いた。
「そうか…」隆二はその言葉を噛み締めた。
「ここで生きるのも、悪くないって思えてきたんだ。隆二さんみたいに、この海と向き合ってさ。」
隆二は空を見上げた。美智子の笑顔が脳裏をよぎる。彼女もまた、この海で生きることに誇りを持っていた。彼女の思いが、健太を通じて次の世代へ受け継がれているのだ。
「それなら、お前もこの海人舟を継ぐか?」冗談交じりにそう言った隆二だが、胸の奥には確かな希望が灯っていた。
健太は笑って、「まだまだ隆二さんには勝てませんよ」と、しっかりと櫂を握った。
青い海の上、二人の海人が静かに未来を見つめていた。
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