「俺は小説家になる」と申しております

太陽の季節

『太陽の季節』

真夏の太陽が空高く昇り、強烈な光を海面に反射していた。砂浜は熱く、裸足ではとても歩けないほどに焼けついている。そんな中、青年・拓海は一人、海辺のテントに腰を下ろしていた。

「今年の夏も、特に変わらないな」

彼は心の中でつぶやき、冷めた炭酸飲料の缶を手に持ち、海をぼんやりと眺めていた。高校を卒業し、大学に入ってからも変わらない日々。心の奥底では、何か新しいことを求めていたが、現実はただただ時間が過ぎていくばかりだった。

そんな彼の目の前に、突如として現れたのは、ひとりの少女だった。白いワンピースに麦わら帽子、まるで陽の光を集めたような彼女の存在が、どこか非現実的に見えた。拓海は彼女の姿に釘付けになった。

「こんにちは」

少女は微笑みながら、拓海の方に歩み寄ってきた。

「……あ、こんにちは」

戸惑いながらも、拓海は何とか返事をした。彼女は気軽に隣に腰を下ろし、同じように海を眺める。

「今日は特別暑いね。でも、太陽の季節はこうでなくちゃ」

彼女の言葉に、拓海は不思議な親近感を覚えた。まるで彼女は、この場所にずっといたかのような感覚があった。

「毎年、ここに来るの？」

「うん、ここが一番好きな場所だから。静かで、太陽がとても美しいでしょ？」

少女は穏やかに話しながら、海の向こうに視線を送った。その瞳には、どこか懐かしさと同時に切なさが漂っていた。彼女がこの場所をどれほど愛しているのか、その瞬間に拓海は感じ取った。

「そうだな……でも、俺には少し退屈だ。毎日が同じで、何も変わらない」

拓海の言葉に、彼女は静かにうなずいた。

「そう思うこともあるよね。でもね、実は何も変わらないように見える日常でも、少しずつ変わっているんだよ」

「少しずつ、か」

「うん。太陽も、毎日少しずつ沈む位置が変わるように、私たちの生活も、少しずつ変わっていくの。たとえば、今日、こうしてあなたに会えたことも、その一つだよ」

彼女の言葉に、拓海は心の中で何かが動くのを感じた。確かに、今日この瞬間に出会った彼女が、彼の日常に変化をもたらしていた。そして、彼女の言葉は不思議と心に響いた。

「君は……名前は？」

「私？ 私の名前は……陽菜（ひな）。」

陽菜と名乗った少女は、もう一度微笑んだ。その笑顔は、まるで太陽そのもののように眩しく、拓海は一瞬、目を細めた。

それから彼らはしばらくの間、話し続けた。人生のこと、夏のこと、未来のこと。まるで長年の友人のように、自然に言葉が出てきた。拓海にとって、この短い会話が、これまで感じていた閉塞感を少しずつ溶かしていくように思えた。

日が傾き、夕日が海を赤く染める頃、陽菜はふと立ち上がった。

「そろそろ帰らなくちゃ」

「もう行くのか？」

「うん。でも、今日はありがとう。あなたと話せて、本当に楽しかった」

そう言い残し、彼女は海辺に歩き出した。拓海は立ち上がり、彼女の後ろ姿を見送った。遠くなる彼女の姿を見ながら、何か重要なことを忘れている気がしたが、思い出せなかった。

翌日、拓海は再び海辺に足を運んだ。昨日と同じ場所で、同じように海を眺めていると、また陽菜に会えるのではないかという期待が心の中に浮かんできた。

しかし、陽菜は現れなかった。何日も通ったが、彼女の姿を見ることは二度となかった。まるで幻だったかのように、彼女は拓海の前から消えてしまったのだ。

数年が経ち、大学を卒業した拓海は、仕事に追われながらも、あの夏の日を時折思い出していた。あの日の出会いが、自分の人生に何かを変えたのかはわからない。ただ、彼の中にはあの日感じた不思議な感覚が、今も鮮やかに残っていた。

夏の夕暮れ時、ふと海辺を訪れた彼は、あの日と同じように太陽が沈む光景を見つめた。太陽は毎日、少しずつ変わりながらも、確実に同じように沈んでいく。

「少しずつでも、変わっていくんだな」

拓海は静かに呟き、もう一度、太陽に向かって微笑んだ。彼の心には、太陽の季節が今もなお続いているのだと感じた。