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春秋花壇

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異邦人

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異邦人

辻亮一は、ある日突然、自分が「異邦人」であることに気づいた。いつも通りの朝、通勤電車に揺られ、周囲の誰もが無表情でスマホを眺めている中、自分だけがまるで違う場所にいるかのような感覚に襲われたのだ。

彼は一瞬、自分の名前を思い出そうとしたが、胸の奥で何かがひっかかったように感じた。自分は辻亮一だという確信が、いつもと違って曖昧に揺らいでいる。この名前に、本当に自分のアイデンティティが宿っているのだろうか?

亮一は窓の外を見つめた。ビル群が延々と続く景色が、ただの背景のように見えた。自分の属しているこの世界が、まるで自分を拒んでいるかのように冷たく遠ざかっていく。そう、彼はここに属していない。彼は「異邦人」だ――突然の気づきが胸に広がった。

駅に着き、亮一はいつも通りの会社に向かったが、そこでもまた、彼は自分の異質さを強く感じた。オフィスの人々の声が遠く響き、まるでガラス越しに会話を聞いているようだった。上司が近づき、「辻君、今週のレポートは?」と声をかけてきたが、彼は返事をすることができなかった。まるでその言葉が彼に向けられているとは思えなかったからだ。

「どうした?」上司は怪訝な顔をしたが、亮一はただ静かに頭を下げ、机に戻った。周囲の視線が一瞬彼に集中するが、すぐにまたそれぞれの仕事に戻っていった。亮一にとって、その一瞬の視線が鋭く刺さるように感じた。彼は、もはや自分がここにいる意味すらわからなくなっていた。

午後になり、亮一は少し外に出て風に当たることにした。ビルの隙間から吹き抜ける風が心地よいはずだったが、それさえも彼の感覚を麻痺させるように感じられた。道を歩く人々、すれ違う誰もが無言で、目も合わない。彼はその中で一人だけ異質な存在として浮かび上がっているのを感じた。

「自分はどこに向かっているのか?」亮一は自問した。日々の生活、仕事、関係――それらすべてが形だけのものに思えた。彼がこの社会の一部であるかどうか、もはや自分でも確信が持てなかった。

ふと、彼は幼い頃の記憶を思い出した。広い空の下で走り回った田舎の風景、そしてそこには確かに自分がいたという確信。あの頃は何も疑わず、ただ存在していることが自然だった。しかし、今は違う。自分が本当にこの世界の一部なのか、存在している意味があるのか――その問いが亮一の心に重くのしかかっていた。

夜になり、亮一はふらりと町のバーに足を運んだ。そこは、彼が昔から通っていた馴染みの場所だった。だが、今日の彼にとって、その場所さえも異質に感じられた。カウンターに座り、いつものようにウィスキーを注文したが、グラスに口をつけた瞬間、味がしなかった。

「亮一、大丈夫か?」馴染みのバーテンダーが声をかけたが、彼はうわの空だった。自分がここにいることが不自然で仕方なかったのだ。

「俺は…異邦人なんだ」と亮一はぽつりと呟いた。

バーテンダーは笑った。「何言ってんだよ、いつもの疲れだろう。少し休めばまた元気になるさ。」

だが、亮一にはその言葉が届かなかった。彼はこの世界の住人ではなくなってしまったのだと、強く感じていた。

その夜、亮一は家に帰る途中、ふと立ち止まり、空を見上げた。ビルの間から見える星空が遠く小さく、彼に冷たく輝いていた。まるで、自分の居場所がこの星の下にはないと言わんばかりに。

亮一は深く息を吐き、もう一度歩き出したが、その足取りは重かった。彼はこの世界に属しているのか、それともずっと見えない異国の地で彷徨い続けるのか。答えはまだ見つからないまま、亮一は夜の闇の中へと消えていった。
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