「俺は小説家になる」と申しております

普賢

普賢

普賢菩薩が乗る象が夢の中に現れたのは、ある寒い冬の夜だった。白い霧が立ち込める中、巨大な象がゆっくりと歩いてくる。象の背には、普賢菩薩が座り、静かに微笑んでいる。彼の目は、まるで全てを見通しているかのようで、その微笑みは慈悲と智慧に満ちていた。

夢の中でその光景を見た俺は、ただ茫然としていた。普賢菩薩が俺を見下ろし、その目が俺の心の奥底まで貫いてくるように感じた。「お前は何を求めているのか？」という問いが、言葉ではなく直接心に響いてきた。だが、俺には答えが出せなかった。

現実の俺は、人生に行き詰まっていた。日々の仕事に追われ、家族との関係も冷え切っていた。何かを成し遂げるために努力をしてきたつもりだったが、結果として得られるのは虚無感ばかりだった。毎日が同じ繰り返しの中で、自分が何のために生きているのか、わからなくなっていた。

そんな俺にとって、その夢は不思議な体験だった。普賢菩薩が現れたその瞬間、全ての雑念が消え、ただ一つの思いが浮かび上がった。「俺は何を求めているのか？」その問いが、俺の胸に残り続けた。

翌日、仕事を終えた俺は、いつも通りの帰り道で、ふと立ち止まった。目の前には、古びた小さな寺があった。その寺には今まで何度も通り過ぎていたが、入ることは一度もなかった。だが、その日は何かに導かれるように、寺の門をくぐった。

境内には、古びた石像が並んでいた。その中に一際目を引くものがあった。それは、普賢菩薩の像だった。夢で見たものと同じ姿の普賢が、ここにもいたのだ。俺はその前に立ち、静かに手を合わせた。「俺は何を求めているのか？」

その瞬間、俺の心に答えが浮かび上がった。俺は、何か外部のものに答えを求めていた。成功や名声、家族の愛、社会的な地位――それらを追い求めることで、自分の存在意義を確かめようとしていた。しかし、そうしたものは全て移ろいやすく、手に入れてもすぐに消え去るものでしかなかった。俺が本当に求めていたのは、内なる安らぎ、そして自己の本質を見つめ直すことだった。

普賢菩薩は、俺にそのことを教えてくれたのだ。

俺は、その日から少しずつ自分を変え始めた。焦って結果を求めるのではなく、毎日の小さな行動や考えに感謝するようになった。家族との関係も、ゆっくりとだが修復されていった。俺は、完璧な人間にはなれないかもしれないが、それでも自分自身を受け入れ、他人にも慈悲を持つことを学んだ。

普賢菩薩の教えは、遠くにあるものではなかった。むしろ、自分の内側にあった。そのことに気づけたことで、俺は再び生きる力を得たのだ。

その後も、時折夢の中で普賢菩薩は現れる。彼はただ静かに、俺を見守っている。それは、もう問いかけではなく、穏やかな承認のようだった。「お前は、道を見つけた」と。

俺は、これからもその道を歩んでいこうと思う。