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終電の帰り道

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「終電の帰り道」

夜が深まり、東京の街は少しずつ静けさを取り戻していた。終電に乗るために駅へと急ぐ人々の中に、俺もその一人だった。毎日、仕事が終わる時間が遅く、家に帰るのはいつも終電。疲れた体を引きずりながら、俺はただ家に帰ることしか頭にない。

駅のホームは混んでいたが、それでも終電に乗れなければどうしようもない。俺は無意識に、スマートフォンで時間を確認した。終電まであと数分。間に合うか、ギリギリだ。改札を抜け、エスカレーターを駆け下りると、ちょうど電車がホームに滑り込んでくる音が聞こえた。

「よし、間に合った…」

安堵の息をつきながら、ドアが開く瞬間にすかさず乗り込む。車内はすでに乗客でいっぱいだ。隙間を見つけて、なんとか体を押し込む。座席はもちろん全て埋まっている。仕方なくつり革を掴み、少しでも体を安定させようとする。今日も長い一日だった。

車内の空気は重く、沈黙が支配している。皆、ただ黙々と自分の世界に閉じこもっているようだ。スマートフォンの画面に目を落とす人、目を閉じて少しでも眠ろうとする人、無表情で窓の外を見つめる人たち…。誰もが、それぞれの疲れと日常を背負い、ただ家に向かっている。

「早く家に帰りたい…」俺もそう思いながら、ぼんやりと窓の外を眺める。電車は暗闇の中を進んでいく。駅と駅の間の風景が、夜の静寂に飲まれている。都会の喧騒は遠く、まるで異世界に迷い込んだかのような感覚に襲われる。

突然、電車がガタンと揺れる。俺は反射的に、つり革を握り直す。周りを見渡すと、他の乗客も同じように身を固めていた。緊張感が一瞬だけ車内に走るが、またすぐに静けさが戻ってくる。終電というのは、どこか特別な雰囲気を持っている。日常から離れ、何かが始まるでもなく、ただ一日の終わりを告げるための時間だ。

俺は無意識に、ポケットの中からスマートフォンを取り出し、時間を確認する。家に着くまであと20分ほど。電車は順調に走っている。だが、その20分がやけに長く感じられる。体中が重く、まぶたが自然に落ちかけている。早くベッドに横たわりたい。

「あと少し…」自分にそう言い聞かせながら、目を閉じて深呼吸をする。立ったままでも、少しだけ眠りに落ちようとする。しかし、意識はなぜか冴え渡り、眠ることができない。思考は次々に浮かんでは消えていく。

仕事のこと、今日あった上司とのやり取り、明日の会議、そして…最近会えていない恋人のこと。いつからだろう、彼女とまともに会話する時間がなくなったのは。仕事に追われ、終電で帰る生活が続くうちに、少しずつ彼女との距離が広がっていくのを感じていた。

「このままでいいのか…」

そう思った瞬間、電車が再び大きく揺れた。揺れに身を預けつつ、俺はふと窓の外に目を向ける。次の駅が近づいてきた。ライトがちらつく中、遠くにぼんやりと駅のホームが見える。車内の放送が、次の停車駅を告げている。

電車が止まり、ドアが開く。数人が降りていくのをぼんやりと眺めながら、俺は再びスマートフォンの画面を見つめた。何かを確認するでもなく、ただその光に目を奪われていた。そうしている間にも、電車はまた動き出す。車内は、少しだけ空間が広がったように感じる。

電車が動き出してから、再び静寂が戻る。俺はふと、スマートフォンをしまい、窓の外を眺めた。外の景色は、相変わらず闇の中だ。家に着いたら、すぐに寝よう。疲れた体をベッドに預けて、何も考えずに眠りたい。そう考えていると、突然、胸の中にわずかな不安が広がった。

「これでいいのか?」

終電に揺られながら、ただ家に帰ることだけを考える自分に対して、疑問が浮かぶ。毎日同じように、疲れ果てて帰宅し、また次の日が始まる。この繰り返しで本当にいいのか?何かを変えるべきではないのか?

電車が再び駅に近づく。俺の最寄り駅だ。ドアが開く音に、俺は急かされるように立ち上がり、電車から降りた。外の冷たい空気が頬を刺す。駅の出口に向かいながら、俺は思った。

「このままじゃ、いけないんじゃないか…」

そんな不安を胸に抱えながら、俺は静かに夜の街を歩いていく。家に帰るだけの日々ではなく、何かを変えるための一歩を踏み出さなければならない。終電の静寂の中で、俺はそう感じ始めていた。









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