「俺は小説家になる」と申しております

城外

「城外」

冷たい風が荒野を吹き抜け、広がる草原の向こうに壮大な城の輪郭がぼんやりと浮かび上がっていた。その城はかつて、栄光と誇りを象徴する場所であったが、今では石造りの壁にひびが入り、草木が絡みついている。門は閉ざされ、外からは内部の様子を窺い知ることはできなかった。

城の外には一人の若者、アルトが立っていた。彼はその場に佇み、無言で城を見つめていた。アルトはかつてこの城で暮らしていた。王のもとで剣を学び、忠誠を誓い、国を守る一員として誇りを持っていた。しかし、ある出来事がすべてを変えた。

その出来事は、一年前に遡る。

城内で開かれた王の宴に、アルトは王の命令で招かれていた。そこで彼は、王の娘であるリュシアと出会った。リュシアは美しい瞳と穏やかな笑顔を持つ、誰からも愛される存在だった。彼女と話すうちに、アルトは次第に心を奪われ、彼女に強く惹かれていく自分を感じた。しかし、彼は立場の違いを自覚し、決してその想いを口にすることはなかった。

ある晩、城内で起きた事件がすべてを変えてしまった。敵国からの間者が城に潜入し、リュシアを狙って暗殺を企てたのだ。アルトは偶然にもその場に居合わせ、彼女を救うために戦った。暗殺者を倒したものの、アルトは王の不興を買うことになった。王は、娘に近づきすぎたとして彼を追放したのだ。

「お前には二度とこの城に戻ることを許さぬ」

王の言葉は冷たく響き、アルトはただ黙って城を後にした。それ以来、彼は城外で放浪しながら生きていた。かつての仲間や家族とも連絡が取れず、孤独な日々が続いた。

そして今日、アルトは再びこの城の前に立っている。

「戻るべきではないと分かっている…」彼は小さく呟いた。「しかし、あの時の真実を伝えない限り、俺は前に進むことができない」

リュシアのことを思い出すたび、胸が締め付けられるような痛みが走る。彼女を守るために戦ったことが、なぜ追放という結果になったのか。彼の中には未だにその答えが見つからなかった。そして、真実を伝えられなかったことが、彼を苦しめ続けていた。

ふいに、背後から小さな足音が聞こえた。振り返ると、そこにはフードを深く被った一人の人物が立っていた。風に舞うフードの隙間から、長い金色の髪が覗く。

「リュシア…？」

アルトは驚きの声を上げた。そこに立っていたのは、まさしくリュシアだった。彼女は細い手でフードを取り、青く澄んだ瞳で彼を見つめた。

「アルト、あなたが戻ってくることを信じていたわ」

その言葉に、アルトの心は揺れた。彼女がここに来るはずがないと信じていたが、目の前には確かに彼女がいる。

「なぜここに？」アルトは問いかけた。「城にいるべきじゃないのか？」

リュシアは小さく微笑み、静かに答えた。「父は誤解していたの。あなたが私を救ってくれたことを、間者たちの策略だと思い込んでいたのよ。でも、私は違う。あなたが私を守ってくれたことを、ずっと信じていた」

その言葉に、アルトの胸の中で固く閉ざされていた扉が少しずつ開き始めた。彼は長い間、リュシアの信頼を失ってしまったと思い込んでいた。しかし、彼女は一度もその信頼を失ってはいなかった。

「でも、俺は追放された。王にとって、俺は裏切り者だ」アルトは目を伏せて言った。

リュシアは静かに首を振った。「そんなことないわ。父も今ではわかっている。あなたが裏切ったわけではなく、私を守るために戦ったことを」

その言葉に、アルトは深い安堵を感じた。しかし、それと同時に新たな決意が湧き上がってきた。

「リュシア、俺はもう城には戻れない。それでも、君を守るためにこれからも生き続ける」

彼女は一歩近づき、アルトの手をそっと握った。「私はあなたと共にいたい。どんな道でも、あなたと一緒に歩んでいきたい」

冷たい風が二人の間を吹き抜ける中、彼らはただ静かに立ち尽くした。城外という広大な空間が、これからの二人の未来を象徴しているかのようだった。