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「あれ」は、ミントが嫌い

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「あれ」は、ミントが嫌い

部屋の隅に立ち、わずかに湿った空気を感じながら、俺はティッシュを手に取り、慎重に折り畳んだ。ミントの精油の小瓶を開けると、そこから漂う清涼感が微かに広がる。俺はそれを一滴、ティッシュの上に落とし、ひとしきり見つめた後に、小さな囁きを漏らした。

「ふふふ、さわやかな洗礼の儀式だ」

言葉は自分自身に対する励ましのようであり、また、これから始まる戦いに対する決意のようでもあった。俺の名前はシンイチ、家の中に潜む「アレ」に対抗するため、様々な工夫をしている。アレとは、言うまでもなく、不快な害虫たちのことだ。特に最近、台所や流しの下にしばしば姿を見せるようになった。

「これでどうだ」

俺はティッシュをそのままにしておき、他の場所にも同じようにミントの精油をたらす作業を続けた。ミントの強い香りが広がると、空気中の不快な匂いも消え、家中に清潔感が漂う。

流しの下や、隙間の多い場所にティッシュを置くことで、ミントの香りがそれらの場所に染み込み、ミントを嫌う虫たちが寄り付かなくなると信じている。これが確実に効果を発揮するかは、経験則によるところが大きいが、俺はこの方法に強い信頼を寄せていた。

部屋の隅々を確認しながら、ティッシュをセットしていく。時折、別の小瓶を取り出しては、慎重に一滴ずつ精油を垂らしていく。その姿は、まるで儀式を行っているかのようだった。

「これでこの場所も大丈夫だろう」

すべての場所にミントの精油をたらし終えた後、俺はしばしの間、ティッシュがじわじわと香りを放ち始めるのを待った。ミントの香りが広がるにつれて、部屋の空気が変わり、やがて静寂が戻ってくる。

その夜、ふとした拍子に流しの下を見たが、アレの姿は見当たらなかった。ミントの香りが漂う中、部屋の空気は清々しく、俺の気持ちも落ち着いていた。これで一時的にでも安心できると、心の中で安堵の息をついた。

「これが効いてくれればいいんだけど」

そう思いながら、ソファに腰を下ろし、テレビをつける。画面に映るニュースの内容は特に目新しいものではなかったが、心の中では充実感が広がっていた。これまでの戦いの成果が少しでも見えると、どこか自分が褒められているような気がしてくる。

その後も、定期的にミントの精油を使用し続けた。アレの侵入を防ぐための対策として、この方法がどれほどの効果を持っているかを確かめるため、我が家の清潔感を保つ努力は続けられた。ミントの香りが漂う家の中で、俺は再び平穏無事な日常を取り戻すことができた。

「ミントの香り、なかなか頼りになるな」

心の中で呟きながら、日々の忙しさに埋もれることなく、家の中の秩序を維持するために、俺はこの小さな戦いを続けていく決意を新たにした。ミントの香りが、どこまでも俺の家を守ってくれると信じて、これからもこの小さな戦いを続けていくのだった。







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