「俺は小説家になる」と申しております

春秋花壇

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指フェチ

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「指フェチ」

駅のホームで電車を待っている時、俺はふと視線を落とした。隣に立っている女性の手元が、何故か気になったからだ。薄いピンクのネイルが整えられたその指は、どこか儚げで美しい。彼女はスマートフォンを操作しているだけだったが、その指の動きがやけに滑らかで、目が離せなくなった。

俺は昔から、妙に人の指に惹かれるところがあった。長い指、短い指、太い指、細い指——形や大きさに関係なく、指の美しさに魅了されてしまう。指先が何かを掴んだり、触れたりする瞬間には特に惹かれる。それは、物に触れることで何かを伝えているようで、まるでその人の内側を感じられる気がするのだ。

今日も、そんな衝動が俺を突き動かしていた。

電車が到着し、ドアが開くと、彼女は乗り込んだ。俺もその後を追って車内に入ったが、座席はすでに埋まっていて、立ったまま揺れる車内で彼女の指を追い続けた。彼女はイヤホンをつけ、スマホの画面をスライドさせながら音楽でも聴いているのだろう。指がリズムを刻んでいるかのように見えた。

「やっぱり、綺麗だな……」

俺は思わず呟いてしまい、すぐに後悔した。声に出すつもりはなかったのだが、心の中でその美しさをどうにか表現せずにはいられなかったのだ。指フェチと言っても、それが恋愛的な意味での「フェチ」ではない。俺にとっては、ただ美しさを楽しんでいる感覚だった。だが、それを他人に理解してもらえるとは思っていなかった。

彼女はスマホを操作し終えたのか、バッグの中にしまい、その後はつまらなさそうに窓の外を眺め始めた。俺はその動作すらも目で追っていた。指がバッグの口をしっかりと掴み、滑らかに閉じていく様子に見入ってしまう。

「……もっと近くで見たい」

そんな考えが頭をよぎったが、さすがにそれはできない。俺は目をそらすことにした。彼女に気づかれたらどうしようかと不安になり、心臓がドキドキしている。

電車は次の駅に止まり、彼女が立ち上がった。その瞬間、俺もまた無意識に体を動かしていた。彼女が降りるなら、自分も降りなければならないという衝動に駆られていたのだ。

「何をしてるんだ、俺……」

自分に問いかけながらも、体は彼女の後を追っていた。ホームに降りた彼女は、改札へと向かって歩き出した。俺は一定の距離を保ちながら彼女を見失わないようにして、追いかけ続けた。

ふと、彼女が立ち止まった。コンビニの前で何かを考え込んでいるようだった。そして、彼女はバッグから財布を取り出し、またその指が見えた。財布のファスナーを開ける動作ひとつで、俺は再びその指の美しさに惹かれてしまった。

「すみません、これ、落としましたよ」

突然、彼女の後ろから別の男性の声が聞こえた。俺は驚いて振り返ると、見知らぬ男が彼女に何かを手渡していた。どうやら財布の中のレシートが飛び出して落ちてしまっていたらしい。

「ありがとうございます!」

彼女は明るい声でお礼を言い、その男に微笑んだ。男は少し照れたように笑い返し、その場を去っていった。

俺は自分が何をしているのか、わからなくなった。追いかける必要なんてないのに、なぜ彼女を追ってしまったのか。ただ指が綺麗だと思っただけで、こんな行動を取る自分が恥ずかしかった。彼女は普通に過ごしていただけなのに、俺は勝手に特別視してしまったのだ。

「……帰ろう」

そう思った瞬間、彼女がこちらを振り向いた。

「ねぇ、さっきからずっとついてきてるよね?」

声がけられた瞬間、血の気が引いた。まさか気づかれていたなんて思わなかった。彼女は少し眉をひそめて、不安そうにこちらを見ている。俺は何か言わなければと思ったが、言葉が出てこない。

「……あの、別に、怪しい者じゃなくて……」

「それ、わかってる。でも、何か用があるなら言ってよ」

彼女の声は冷たくなかったが、困惑が滲んでいた。俺は焦って何とか状況を説明しようとした。

「君の……指が、すごく綺麗で……」

その瞬間、彼女は驚いた顔をして、何とも言えない表情を浮かべた。そして、少しだけ笑った。

「指? それで、ずっと見てたの?」

「うん……本当に綺麗だなって思って、見とれてしまったんだ。変だよね、こんなの」

俺は頭をかいて、バツが悪そうに笑った。彼女は少しだけ考え込んでから、ふっとため息をついた。

「変だけど……まあ、悪意があるわけじゃなさそうだし、大丈夫かな。でも、次からは気をつけてね。ずっとついてこられるのは、さすがに怖いから」

「ごめん、本当に……」

「もういいよ、気をつけてね」

彼女は笑って、それだけ言い残し、再び歩き始めた。その背中を見送りながら、俺は深く息をついた。

それでも、彼女の指の美しさが脳裏に焼き付いて、しばらくはその感覚から逃れられそうになかった。









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