1,257 / 1,782
指フェチ
しおりを挟む
「指フェチ」
駅のホームで電車を待っている時、俺はふと視線を落とした。隣に立っている女性の手元が、何故か気になったからだ。薄いピンクのネイルが整えられたその指は、どこか儚げで美しい。彼女はスマートフォンを操作しているだけだったが、その指の動きがやけに滑らかで、目が離せなくなった。
俺は昔から、妙に人の指に惹かれるところがあった。長い指、短い指、太い指、細い指——形や大きさに関係なく、指の美しさに魅了されてしまう。指先が何かを掴んだり、触れたりする瞬間には特に惹かれる。それは、物に触れることで何かを伝えているようで、まるでその人の内側を感じられる気がするのだ。
今日も、そんな衝動が俺を突き動かしていた。
電車が到着し、ドアが開くと、彼女は乗り込んだ。俺もその後を追って車内に入ったが、座席はすでに埋まっていて、立ったまま揺れる車内で彼女の指を追い続けた。彼女はイヤホンをつけ、スマホの画面をスライドさせながら音楽でも聴いているのだろう。指がリズムを刻んでいるかのように見えた。
「やっぱり、綺麗だな……」
俺は思わず呟いてしまい、すぐに後悔した。声に出すつもりはなかったのだが、心の中でその美しさをどうにか表現せずにはいられなかったのだ。指フェチと言っても、それが恋愛的な意味での「フェチ」ではない。俺にとっては、ただ美しさを楽しんでいる感覚だった。だが、それを他人に理解してもらえるとは思っていなかった。
彼女はスマホを操作し終えたのか、バッグの中にしまい、その後はつまらなさそうに窓の外を眺め始めた。俺はその動作すらも目で追っていた。指がバッグの口をしっかりと掴み、滑らかに閉じていく様子に見入ってしまう。
「……もっと近くで見たい」
そんな考えが頭をよぎったが、さすがにそれはできない。俺は目をそらすことにした。彼女に気づかれたらどうしようかと不安になり、心臓がドキドキしている。
電車は次の駅に止まり、彼女が立ち上がった。その瞬間、俺もまた無意識に体を動かしていた。彼女が降りるなら、自分も降りなければならないという衝動に駆られていたのだ。
「何をしてるんだ、俺……」
自分に問いかけながらも、体は彼女の後を追っていた。ホームに降りた彼女は、改札へと向かって歩き出した。俺は一定の距離を保ちながら彼女を見失わないようにして、追いかけ続けた。
ふと、彼女が立ち止まった。コンビニの前で何かを考え込んでいるようだった。そして、彼女はバッグから財布を取り出し、またその指が見えた。財布のファスナーを開ける動作ひとつで、俺は再びその指の美しさに惹かれてしまった。
「すみません、これ、落としましたよ」
突然、彼女の後ろから別の男性の声が聞こえた。俺は驚いて振り返ると、見知らぬ男が彼女に何かを手渡していた。どうやら財布の中のレシートが飛び出して落ちてしまっていたらしい。
「ありがとうございます!」
彼女は明るい声でお礼を言い、その男に微笑んだ。男は少し照れたように笑い返し、その場を去っていった。
俺は自分が何をしているのか、わからなくなった。追いかける必要なんてないのに、なぜ彼女を追ってしまったのか。ただ指が綺麗だと思っただけで、こんな行動を取る自分が恥ずかしかった。彼女は普通に過ごしていただけなのに、俺は勝手に特別視してしまったのだ。
「……帰ろう」
そう思った瞬間、彼女がこちらを振り向いた。
「ねぇ、さっきからずっとついてきてるよね?」
声がけられた瞬間、血の気が引いた。まさか気づかれていたなんて思わなかった。彼女は少し眉をひそめて、不安そうにこちらを見ている。俺は何か言わなければと思ったが、言葉が出てこない。
「……あの、別に、怪しい者じゃなくて……」
「それ、わかってる。でも、何か用があるなら言ってよ」
彼女の声は冷たくなかったが、困惑が滲んでいた。俺は焦って何とか状況を説明しようとした。
「君の……指が、すごく綺麗で……」
その瞬間、彼女は驚いた顔をして、何とも言えない表情を浮かべた。そして、少しだけ笑った。
「指? それで、ずっと見てたの?」
「うん……本当に綺麗だなって思って、見とれてしまったんだ。変だよね、こんなの」
俺は頭をかいて、バツが悪そうに笑った。彼女は少しだけ考え込んでから、ふっとため息をついた。
「変だけど……まあ、悪意があるわけじゃなさそうだし、大丈夫かな。でも、次からは気をつけてね。ずっとついてこられるのは、さすがに怖いから」
「ごめん、本当に……」
「もういいよ、気をつけてね」
彼女は笑って、それだけ言い残し、再び歩き始めた。その背中を見送りながら、俺は深く息をついた。
それでも、彼女の指の美しさが脳裏に焼き付いて、しばらくはその感覚から逃れられそうになかった。
駅のホームで電車を待っている時、俺はふと視線を落とした。隣に立っている女性の手元が、何故か気になったからだ。薄いピンクのネイルが整えられたその指は、どこか儚げで美しい。彼女はスマートフォンを操作しているだけだったが、その指の動きがやけに滑らかで、目が離せなくなった。
俺は昔から、妙に人の指に惹かれるところがあった。長い指、短い指、太い指、細い指——形や大きさに関係なく、指の美しさに魅了されてしまう。指先が何かを掴んだり、触れたりする瞬間には特に惹かれる。それは、物に触れることで何かを伝えているようで、まるでその人の内側を感じられる気がするのだ。
今日も、そんな衝動が俺を突き動かしていた。
電車が到着し、ドアが開くと、彼女は乗り込んだ。俺もその後を追って車内に入ったが、座席はすでに埋まっていて、立ったまま揺れる車内で彼女の指を追い続けた。彼女はイヤホンをつけ、スマホの画面をスライドさせながら音楽でも聴いているのだろう。指がリズムを刻んでいるかのように見えた。
「やっぱり、綺麗だな……」
俺は思わず呟いてしまい、すぐに後悔した。声に出すつもりはなかったのだが、心の中でその美しさをどうにか表現せずにはいられなかったのだ。指フェチと言っても、それが恋愛的な意味での「フェチ」ではない。俺にとっては、ただ美しさを楽しんでいる感覚だった。だが、それを他人に理解してもらえるとは思っていなかった。
彼女はスマホを操作し終えたのか、バッグの中にしまい、その後はつまらなさそうに窓の外を眺め始めた。俺はその動作すらも目で追っていた。指がバッグの口をしっかりと掴み、滑らかに閉じていく様子に見入ってしまう。
「……もっと近くで見たい」
そんな考えが頭をよぎったが、さすがにそれはできない。俺は目をそらすことにした。彼女に気づかれたらどうしようかと不安になり、心臓がドキドキしている。
電車は次の駅に止まり、彼女が立ち上がった。その瞬間、俺もまた無意識に体を動かしていた。彼女が降りるなら、自分も降りなければならないという衝動に駆られていたのだ。
「何をしてるんだ、俺……」
自分に問いかけながらも、体は彼女の後を追っていた。ホームに降りた彼女は、改札へと向かって歩き出した。俺は一定の距離を保ちながら彼女を見失わないようにして、追いかけ続けた。
ふと、彼女が立ち止まった。コンビニの前で何かを考え込んでいるようだった。そして、彼女はバッグから財布を取り出し、またその指が見えた。財布のファスナーを開ける動作ひとつで、俺は再びその指の美しさに惹かれてしまった。
「すみません、これ、落としましたよ」
突然、彼女の後ろから別の男性の声が聞こえた。俺は驚いて振り返ると、見知らぬ男が彼女に何かを手渡していた。どうやら財布の中のレシートが飛び出して落ちてしまっていたらしい。
「ありがとうございます!」
彼女は明るい声でお礼を言い、その男に微笑んだ。男は少し照れたように笑い返し、その場を去っていった。
俺は自分が何をしているのか、わからなくなった。追いかける必要なんてないのに、なぜ彼女を追ってしまったのか。ただ指が綺麗だと思っただけで、こんな行動を取る自分が恥ずかしかった。彼女は普通に過ごしていただけなのに、俺は勝手に特別視してしまったのだ。
「……帰ろう」
そう思った瞬間、彼女がこちらを振り向いた。
「ねぇ、さっきからずっとついてきてるよね?」
声がけられた瞬間、血の気が引いた。まさか気づかれていたなんて思わなかった。彼女は少し眉をひそめて、不安そうにこちらを見ている。俺は何か言わなければと思ったが、言葉が出てこない。
「……あの、別に、怪しい者じゃなくて……」
「それ、わかってる。でも、何か用があるなら言ってよ」
彼女の声は冷たくなかったが、困惑が滲んでいた。俺は焦って何とか状況を説明しようとした。
「君の……指が、すごく綺麗で……」
その瞬間、彼女は驚いた顔をして、何とも言えない表情を浮かべた。そして、少しだけ笑った。
「指? それで、ずっと見てたの?」
「うん……本当に綺麗だなって思って、見とれてしまったんだ。変だよね、こんなの」
俺は頭をかいて、バツが悪そうに笑った。彼女は少しだけ考え込んでから、ふっとため息をついた。
「変だけど……まあ、悪意があるわけじゃなさそうだし、大丈夫かな。でも、次からは気をつけてね。ずっとついてこられるのは、さすがに怖いから」
「ごめん、本当に……」
「もういいよ、気をつけてね」
彼女は笑って、それだけ言い残し、再び歩き始めた。その背中を見送りながら、俺は深く息をついた。
それでも、彼女の指の美しさが脳裏に焼き付いて、しばらくはその感覚から逃れられそうになかった。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。


ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる