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「深夜のコンビニ」
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「深夜のコンビニ」
わたしは生まれつき高所恐怖症で、二階以上には住むことができない。エレベーターの窓越しに見える景色すら怖くて、足がすくんでしまう。だから、新居も一階のアパートを選んだ。小さな庭付きの部屋で、朝は窓から射し込む陽の光を感じながら目を覚ますことができる。その心地よさが何よりもわたしを安心させてくれた。
引っ越しもようやく落ち着き、新しい生活が始まった。会社の帰り道も穏やかで、アパートの周囲は静かで平和だった。わたしにとっては理想の環境だった。今日は仕事が早く終わったので、夕食を簡単に済ませてから部屋でゆっくり過ごしていた。時計を見るともう夜中の一時を過ぎていた。テレビの音だけが部屋の中に響いている。なんだか急に寂しさがこみ上げてきて、わたしはふとコンビニに行くことを思い立った。
「何か甘いものでも買ってこようかな…」
そう呟きながらパジャマの上にコートを羽織り、玄関を出た。深夜の冷たい空気が頬を刺す。わたしの住むアパートは住宅街の中にあり、夜はほとんど人通りがない。街灯がぽつぽつと道を照らしているだけで、その淡い光がどこか不安を誘うようだった。わたしは足早に歩き出し、近所のコンビニを目指した。
コンビニに着くと、わたしは店内をぐるりと見渡してみた。夜中にもかかわらず、客は数人いた。おじさんがレジの前で立ち読みをしていて、若いカップルがスナックを選んでいる。わたしは棚からチョコレートと飲み物を手に取り、レジで支払いを済ませた。
「ありがとうございました」
店員の丁寧な声を背に、わたしはコンビニを出た。寒さがさらに増してきたので、コートの襟を立てて、早足で帰ることにした。部屋の明かりが恋しくなって、早く戻りたかった。
歩き出してしばらくすると、何か違和感を感じた。背後から何か音がする。ふと足を止めると、足音も止まる。振り返るが、誰もいない。気のせいかと思い、再び歩き出すと、また足音が聞こえてきた。わたしの歩調にぴったりと合わせるように、足音が続いてくる。だんだんと不安が募り、わたしの心拍数は上がっていった。
「まさか…」
頭の中に不安が広がり始めた。誰かがわたしをつけている?そう思った瞬間、足が震え始めた。目の前にある道は、真っ直ぐに続いているが、両脇は暗い影が覆っている。もう少し歩けばアパートが見えてくるはずだが、その道のりがとても長く感じられた。
次第に足音が近づいてくるような気がして、わたしは恐怖で体が硬直しそうだった。もう一度振り返る勇気がなく、ただ前だけを見つめていた。やがて、足音は少しずつ速くなり、わたしの後ろから迫ってくるようだった。心臓の鼓動が激しくなり、恐怖が全身を支配していった。パニックに陥りそうになりながら、わたしは思わず駆け出した。
「お願い、追いかけてこないで!」
心の中で叫びながら走り出すと、後ろの足音も同じように速くなった。まるでわたしの恐怖を追い立てるかのように、足音はぴったりとついてくる。わたしは全力で走った。何度も転びそうになりながらも、アパートの明かりを目指して必死だった。後ろを見る余裕もなく、ただただ前に進むしかなかった。
ようやくアパートが見えてきた。わたしは玄関まであと少しというところで足を止め、後ろを振り返った。だが、そこには誰もいなかった。暗い道だけが静まり返っていて、わたしの荒い息遣いだけが響いていた。体中の力が一気に抜け、膝がガクガクと震えた。わたしは慌ててドアを開け、中に飛び込んだ。
ドアを閉め、鍵をかけてからも、しばらくはドアに背を預けて立ち尽くしていた。怖さが引くどころか、むしろ増していくように感じられた。誰も追ってこなかったのに、なぜか恐怖は収まらなかった。何かが見えない影に取り憑かれているような、そんな感覚だった。
リビングの明かりをつけ、周囲を確認する。何も異常はない。ただの勘違いかもしれないと自分に言い聞かせようとしたが、その足音の感触は忘れられなかった。ふと窓の外を見ると、アパートの前の道が見えたが、誰もいなかった。わたしは安堵し、ソファに座り込んだ。
「ただの気のせいだったんだ」
そう呟いて、少し落ち着きを取り戻そうとした。その時、ふとスマートフォンを手に取り、通知を確認する。何も異常はなかったが、メッセージアプリを開いた瞬間、背筋に寒気が走った。見知らぬ番号からのメッセージが届いていたのだ。
「走るの速いね。でも、また会えるよね?」
ぞっとしてスマホを手から放り投げた。恐怖で体が硬直し、何も考えられなくなった。誰だ?誰がわたしのことを知っている?窓の外を再び見ても、暗闇の中には何も見えなかった。だが、見えない何かがそこにいるような気がして、わたしは窓から目を離すことができなかった。
深夜の静寂が、かえって不気味に思えた。わたしは震える手でカーテンを閉め、ドアのチェーンロックを確認した。それでも安心できず、部屋の中をぐるぐると歩き回った。コンビニに行く前は、ただ甘いものを買いに行こうと思っていただけだったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
その夜、わたしは一睡もできなかった。窓の外の闇が、まるで生き物のように動いているように感じられた。わたしはベッドの中で丸まりながら、ひたすら朝が来るのを待った。
翌朝、わたしは決心した。近くに誰か知り合いがいないか確認し、しばらくは一人で行動しないようにしようと思った。警察にも相談すべきかもしれない。いつもなら何でもない道が、今では恐怖の対象になってしまった。これからはもっと注意深く行動しようと心に誓った。
そして、何よりも、もう二度と深夜のコンビニには行かないと固く決めた。たとえ些細な寂しさが襲ってきても、それを埋める方法は他にもあるはずだ。あの夜の足音は、わたしにとって忘れられない教訓となった。どんなに平凡な夜であっても、何が起こるかわからない。わたしはもう、あの足音に怯えることなく、少しずつ自分の安心できる場所を築いていくのだ。
わたしは生まれつき高所恐怖症で、二階以上には住むことができない。エレベーターの窓越しに見える景色すら怖くて、足がすくんでしまう。だから、新居も一階のアパートを選んだ。小さな庭付きの部屋で、朝は窓から射し込む陽の光を感じながら目を覚ますことができる。その心地よさが何よりもわたしを安心させてくれた。
引っ越しもようやく落ち着き、新しい生活が始まった。会社の帰り道も穏やかで、アパートの周囲は静かで平和だった。わたしにとっては理想の環境だった。今日は仕事が早く終わったので、夕食を簡単に済ませてから部屋でゆっくり過ごしていた。時計を見るともう夜中の一時を過ぎていた。テレビの音だけが部屋の中に響いている。なんだか急に寂しさがこみ上げてきて、わたしはふとコンビニに行くことを思い立った。
「何か甘いものでも買ってこようかな…」
そう呟きながらパジャマの上にコートを羽織り、玄関を出た。深夜の冷たい空気が頬を刺す。わたしの住むアパートは住宅街の中にあり、夜はほとんど人通りがない。街灯がぽつぽつと道を照らしているだけで、その淡い光がどこか不安を誘うようだった。わたしは足早に歩き出し、近所のコンビニを目指した。
コンビニに着くと、わたしは店内をぐるりと見渡してみた。夜中にもかかわらず、客は数人いた。おじさんがレジの前で立ち読みをしていて、若いカップルがスナックを選んでいる。わたしは棚からチョコレートと飲み物を手に取り、レジで支払いを済ませた。
「ありがとうございました」
店員の丁寧な声を背に、わたしはコンビニを出た。寒さがさらに増してきたので、コートの襟を立てて、早足で帰ることにした。部屋の明かりが恋しくなって、早く戻りたかった。
歩き出してしばらくすると、何か違和感を感じた。背後から何か音がする。ふと足を止めると、足音も止まる。振り返るが、誰もいない。気のせいかと思い、再び歩き出すと、また足音が聞こえてきた。わたしの歩調にぴったりと合わせるように、足音が続いてくる。だんだんと不安が募り、わたしの心拍数は上がっていった。
「まさか…」
頭の中に不安が広がり始めた。誰かがわたしをつけている?そう思った瞬間、足が震え始めた。目の前にある道は、真っ直ぐに続いているが、両脇は暗い影が覆っている。もう少し歩けばアパートが見えてくるはずだが、その道のりがとても長く感じられた。
次第に足音が近づいてくるような気がして、わたしは恐怖で体が硬直しそうだった。もう一度振り返る勇気がなく、ただ前だけを見つめていた。やがて、足音は少しずつ速くなり、わたしの後ろから迫ってくるようだった。心臓の鼓動が激しくなり、恐怖が全身を支配していった。パニックに陥りそうになりながら、わたしは思わず駆け出した。
「お願い、追いかけてこないで!」
心の中で叫びながら走り出すと、後ろの足音も同じように速くなった。まるでわたしの恐怖を追い立てるかのように、足音はぴったりとついてくる。わたしは全力で走った。何度も転びそうになりながらも、アパートの明かりを目指して必死だった。後ろを見る余裕もなく、ただただ前に進むしかなかった。
ようやくアパートが見えてきた。わたしは玄関まであと少しというところで足を止め、後ろを振り返った。だが、そこには誰もいなかった。暗い道だけが静まり返っていて、わたしの荒い息遣いだけが響いていた。体中の力が一気に抜け、膝がガクガクと震えた。わたしは慌ててドアを開け、中に飛び込んだ。
ドアを閉め、鍵をかけてからも、しばらくはドアに背を預けて立ち尽くしていた。怖さが引くどころか、むしろ増していくように感じられた。誰も追ってこなかったのに、なぜか恐怖は収まらなかった。何かが見えない影に取り憑かれているような、そんな感覚だった。
リビングの明かりをつけ、周囲を確認する。何も異常はない。ただの勘違いかもしれないと自分に言い聞かせようとしたが、その足音の感触は忘れられなかった。ふと窓の外を見ると、アパートの前の道が見えたが、誰もいなかった。わたしは安堵し、ソファに座り込んだ。
「ただの気のせいだったんだ」
そう呟いて、少し落ち着きを取り戻そうとした。その時、ふとスマートフォンを手に取り、通知を確認する。何も異常はなかったが、メッセージアプリを開いた瞬間、背筋に寒気が走った。見知らぬ番号からのメッセージが届いていたのだ。
「走るの速いね。でも、また会えるよね?」
ぞっとしてスマホを手から放り投げた。恐怖で体が硬直し、何も考えられなくなった。誰だ?誰がわたしのことを知っている?窓の外を再び見ても、暗闇の中には何も見えなかった。だが、見えない何かがそこにいるような気がして、わたしは窓から目を離すことができなかった。
深夜の静寂が、かえって不気味に思えた。わたしは震える手でカーテンを閉め、ドアのチェーンロックを確認した。それでも安心できず、部屋の中をぐるぐると歩き回った。コンビニに行く前は、ただ甘いものを買いに行こうと思っていただけだったのに、どうしてこんなことになってしまったのか。
その夜、わたしは一睡もできなかった。窓の外の闇が、まるで生き物のように動いているように感じられた。わたしはベッドの中で丸まりながら、ひたすら朝が来るのを待った。
翌朝、わたしは決心した。近くに誰か知り合いがいないか確認し、しばらくは一人で行動しないようにしようと思った。警察にも相談すべきかもしれない。いつもなら何でもない道が、今では恐怖の対象になってしまった。これからはもっと注意深く行動しようと心に誓った。
そして、何よりも、もう二度と深夜のコンビニには行かないと固く決めた。たとえ些細な寂しさが襲ってきても、それを埋める方法は他にもあるはずだ。あの夜の足音は、わたしにとって忘れられない教訓となった。どんなに平凡な夜であっても、何が起こるかわからない。わたしはもう、あの足音に怯えることなく、少しずつ自分の安心できる場所を築いていくのだ。
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