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剥奪感(バクタルカム)

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「剥奪感(バクタルカム)」

雨の音が微かに響く部屋の中、ミチコはスマートフォンをじっと見つめていた。画面に映るのは、SNSで楽しそうに笑う友人たちの写真や、華やかな日々の出来事。ミチコはため息をつき、画面を閉じた。数ヶ月前、会社のリストラに遭い、職を失ったミチコは、いまだに新しい仕事を見つけられずにいた。それまでの日常が一瞬で奪われたような感覚に襲われ、何をしても虚しさだけが残る。

「どうして私だけ…」小さくつぶやくミチコの声は、誰にも届かない。周囲はどんどん前に進んでいるのに、自分だけが取り残されているような、そんな感覚が胸を締めつける。特に、友人のサユリが起業して成功したという話を聞いたときには、言葉にできない羨望と嫉妬が入り混じった感情に苛まれた。サユリは、いつもミチコに「一緒に頑張ろう」と励ましてくれた。だが、今ではその言葉も遠くに聞こえる。

「私は何も成し遂げられない…」そう思うと、無力感が一層募る。元々は同じスタートラインに立っていたはずなのに、今では見える景色が全く違う。朝の通勤ラッシュも、オフィスでの忙しさも、全てがミチコから遠ざかっていく。再就職活動も、何度も書類審査で落ち、面接で不採用を告げられる度に、その剥奪感は強まるばかりだった。

ある日、ミチコは勇気を振り絞り、久しぶりにサユリに会うことにした。カフェで待ち合わせをし、サユリの姿が見えるとミチコの心はざわついた。サユリは、やはり輝いて見えた。自信に満ちたその姿に、自分の薄暗い現状が浮き彫りになる。カフェの中で、二人は互いの近況を話し合ったが、ミチコはどこかぎこちなかった。

「ミチコ、最近どう?」サユリが気軽に尋ねる。だが、その問いにミチコはうまく答えられない。

「まあ、ぼちぼちかな…」と、曖昧に返すのが精一杯だった。サユリは気づいていないのか、それとも気を遣っているのか、特に深追いすることなく会話を続けた。だが、ミチコの心の中では、サユリの一言一言が鋭く突き刺さっていた。

「私、最近新しいプロジェクトがすごく楽しくてね!」サユリの瞳は輝いている。それを見た瞬間、ミチコは言葉を失った。自分とはまるで違う場所で、サユリはキラキラと輝いている。その差が、どうしようもなく痛かった。

カフェを出た後、ミチコは街の雑踏に紛れた。行き交う人々の中で、自分だけが透明な存在になったように感じる。歩きながら、ふと足が止まる。目の前に見えたのは、以前勤めていた会社のビルだった。窓の向こうには、かつての同僚たちが忙しそうに働いている姿が見える。その光景に、ミチコは耐えられなくなり、その場から走り去った。

夜、ミチコは家に戻り、一人静かにソファに座った。心の中で、どうしようもない焦燥感と絶望が渦巻いている。努力しても報われない現実、頑張っても結果が出ない自分。それらが全て、自分の価値を否定するかのようだった。ミチコはスマートフォンを手に取り、サユリのSNSを開く。そこにはまた、成功を収めるサユリの姿があった。ミチコはその画面を見つめ、ぽつりと涙を流した。

その夜、ミチコは夢を見た。夢の中で、ミチコは広い草原に立っていた。目の前には、大きな木が一本。その木の下には、何かが隠されているようだった。ミチコはそれを掘り起こそうと手を伸ばしたが、土は固くて掘れない。何度も何度も試みたが、思うようにはいかなかった。やがて、ミチコは手を止め、ただその木を見つめていた。ふと、木の上には小さな芽が顔を出しているのを見つける。その芽は、まるでミチコに語りかけるように、静かに風に揺れていた。

朝、目が覚めたミチコは、少しだけ気持ちが軽くなっていることに気づいた。昨日の自分とは少し違う自分がいる。夢の中で見た芽は、まだ小さいが確かに存在していた。ミチコはそのことを思い出し、再び前を向こうと決意する。失ったものは多いが、自分の中にはまだ希望の芽が残っているのだと、そう信じることにした。

ミチコはパソコンを開き、もう一度履歴書を書き直す。これまで何度も失敗してきたが、諦めるわけにはいかない。剥奪感に負けずに、新たな一歩を踏み出す。ミチコは再び前に進むことを決意し、ゆっくりとキーを叩き始めた。どんなに小さな一歩でも、それが積み重なればいつかは大きな変化になると信じて。










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