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春秋花壇

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記憶の中のトルコ

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「記憶の中のトルコ」
1984年9月、東京の午後の陽射しがまぶしい中、あるトルコ人青年が日本の厚生省に向かっていた。彼の名はアリ。アリは、故郷の名前が、日本の公衆浴場で俗称として使われていることに心を痛めていた。「トルコ風呂」と呼ばれるその施設は、彼の祖国の名前を利用しながら、いかがわしいイメージを醸し出していた。

アリは、厚生省の渡部恒三厚生相に直訴するため、緊張した面持ちで省庁の前に立っていた。彼は、トルコ人としての誇りと、祖国の名誉を守りたい一心でここに来たのだ。渡部相は彼の話を真剣に聞き、彼の要望に応えることを約束した。厚生省はすぐに全国の都道府県に通知し、外国の国名や地名を公衆浴場に使用しないよう呼びかけた。

年月が流れ、1984年12月19日、東京都特殊浴場協会は新たな名称「ソープランド」を発表した。この決定は業界内で賛否が分かれたが、アリの声が反映された結果であった。業界関係者や顧客たちは、徐々にその変化を受け入れていった。

数年後、ある編集者が南信長の連載「やりすぎマンガ列伝」で本宮ひろ志の『硬派銀次郎』について執筆していた。記事の校了直前、編集者から驚きの連絡があった。連載で取り上げられたシーンで、「トルコ嬢」という表現が使用されていたため、現行の集英社文庫版では「ソープ嬢」に差し替えられていたのだ。

「トルコ嬢」とは、主人公・銀次郎が長屋の存続を賭けてアメフトの試合に臨むエピソードで登場するキャラクターの呼称だった。原稿でそのシーンに触れた時には「トルコ嬢」と記されていたが、文庫版では「ソープ嬢」に変更されていた。これは、1984年のトルコ風呂からソープランドへの名称変更に伴う配慮だった。

編集者の意向に従い、「トルコ嬢」のまま掲載する理由はなかったが、この変更には違和感が残るという。時代背景を反映した作品に、現代の感覚を強引に適用することに対する複雑な気持ちがあったのだ。

その夜、南信長は、昔の連載や作品に関する資料を整理しながら、自分の子供時代を思い出していた。彼は、1980年代の日本の社会がどれほど変わったのかを考え、また、自分がどのように変化に対応してきたのかを振り返った。トルコ風呂からソープランドへ、そして「トルコ嬢」から「ソープ嬢」へと変わる過程は、社会の変容を象徴していた。

その夜、南信長は窓から見える東京の街並みを眺めながら、時代の流れを感じていた。彼の心には、変わりゆく社会とその影響を受けながらも、個々の記憶や文化がどのように形作られていくのかという問いが浮かんでいた。

そして、1984年9月のあの日、トルコ人青年アリの心からの訴えがどれほど重要だったかを思い出していた。社会の変化は時に痛みを伴いながらも、個々の声がその過程を形作り、より良い方向に進んでいくのだと信じていた。

その日から年月が経ち、トルコ風呂はソープランドに変わり、社会の意識もまた変わっていった。南信長は、変化の背後にある人々の思いと、それがもたらす影響について深く考えながら、次のページをめくった。








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