「俺は小説家になる」と申しております

ゲーム依存症 ゲームを始めると小説も書けない

ゲーム依存症　ゲームを始めると小説も書けない

亮太は、椅子に座ったままパソコンの画面を睨んでいた。書きかけの小説が開かれているが、カーソルは動かない。物語の続きは頭の中に浮かんでいるはずなのに、手がキーボードに触れることはなかった。彼の指先は、執筆のための文字を打つよりも、むしろゲームのコントローラーを握りしめたい衝動に駆られていた。

最近、亮太はゲームに没頭するようになった。それまでは、一日の大半を小説執筆に費やしていたが、いつしか時間のほとんどがオンラインゲームに奪われるようになった。ゲームの世界では、自分が勇者となり、敵を倒し、仲間と共に困難を乗り越える。現実では得られない達成感が、そこにはあった。

「あと少しだけ…」

亮太は、自分にそう言い聞かせていた。ゲームを始める前も、プレイしている間も、いつもその言葉が頭の中を巡る。「あと少ししたら、ちゃんと書こう」。しかし、その「少し」はいつも長く、亮太はゲームから抜け出すことができなかった。

彼のデスクの上には、小説の構想が書かれたノートが無造作に積まれている。アイデアは溢れているはずなのに、形になることはなかった。ゲームの誘惑に負け、亮太はその度に小説を書く時間を奪われていった。

ある日のこと、亮太は深夜までゲームを続けていた。新しいクエストが解禁され、ゲーム内の仲間たちと一緒に挑戦するため、時間を忘れて没頭していたのだ。気が付けば、外は薄明るく、鳥のさえずりが聞こえてきた。彼は疲れた目をこすり、ため息をつくと、ようやくパソコンをシャットダウンした。

その日、亮太は仕事をサボってしまった。ゲームを続けた後遺症で、体は重く、頭もぼんやりとしていた。「こんなことではいけない」と亮太は思うものの、いつも同じことの繰り返しだった。ゲームが彼の生活の中心に入り込み、小説を書くことはどんどん後回しになっていった。

「どうして、こんなことになったんだ…」

亮太は自分に問いかけた。もともと、小説を書くことが彼の生きがいだった。自分の思い描く世界を文字にすることで、現実から逃避し、自分自身を表現することができた。しかし今では、その情熱すらも失われてしまったように感じた。

一方で、ゲームの中では亮太は誰よりも強く、仲間たちからも信頼されていた。現実では手に入らない称賛と達成感がそこにはあったのだ。その感覚を手放すことができず、亮太は小説よりもゲームを選んでしまう。

その後も亮太は、何度も「今日こそは書こう」と決意する。しかし、パソコンの前に座ると、ついゲームのアイコンをクリックしてしまうのだ。小説のファイルは開かれることなく、亮太はゲームの世界へと引き込まれていった。

ある日、亮太はかつての友人から連絡を受けた。彼も小説を書いていたが、今では作家として成功し、多くの読者を持っていた。友人は亮太のことを気にかけ、近況を尋ねてきた。

「亮太、最近どうしてる？小説、書いてる？」

その言葉に、亮太は返答に困った。何も言えないまま、画面をじっと見つめていると、ふと、彼の中で何かが崩れる音がした。現実を突きつけられたような気がして、亮太は涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。

「まだ…全然だよ。でも、また書き始めるつもりなんだ」

亮太は絞り出すようにそう答えた。しかし、その言葉は自分自身に対する言い訳のようにも聞こえた。友人の言葉に、亮太は初めて自分がどれだけ大切なものを失っていたのかを実感したのだ。ゲームの中の達成感は一時的なものであり、自分が本当に求めていたものではなかった。

その夜、亮太はゲームを起動せず、パソコンの前に座った。画面には、小説のファイルが開かれていた。久しぶりに指がキーボードの上に乗り、亮太はゆっくりと文字を打ち始めた。

最初はうまくいかなかった。何度も言葉を消し、書き直した。しかし、亮太は続けた。ゲームの誘惑に打ち勝ち、再び小説を書くことで、自分を取り戻すために。

ゲームはいつでもできる。しかし、物語を作り出すことは、今の亮太にとって、最も必要なものだった。彼はそのことを忘れないように、自分に言い聞かせた。ゲームの世界ではなく、自分自身の物語を生きるために。亮太は再び、小説の世界に戻ってきたのだった。