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夏の終わりとイオンの迷宮
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「夏の終わりとイオンの迷宮」
8月31日、夏休みの最後の土曜日。陽射しはまだ強く、街の空気は暑さとともに重かった。家を出た途端、絵里子は自分の身体が思うように動かないのを感じた。まるで這うようにして玄関を出ると、自転車のタイヤがぺしゃんこになっているのが目に入った。気力が尽きかけたが、気を取り直し、自転車屋で空気を入れてもらい、何とかイオンへ向かった。
イオンに着いた瞬間、絵里子は人の波に呑まれた。子どもたちが走り回り、親たちは最後の夏休みを楽しもうと買い物袋を両手に持ち、笑顔を浮かべている。彼女にはその光景が眩しすぎた。頭がくらくらし、吐き気が込み上げてくる。
「人が多すぎる…」
絵里子は混雑した店内を見渡し、胸の奥で不安が膨らむのを感じた。大食堂のエリアに足を踏み入れると、油の匂いと混じり合うフライドポテトやカレーの香りが鼻を突き、さらに気分が悪くなった。あちこちで子どもが駄々をこね、親たちはそれに応えようと必死に声をかけている。
「何か食べようと思ったけど、無理だ…」
空腹感はあったが、それ以上に環境の圧迫感が勝っていた。絵里子はどこかに座って一息つきたかったが、空いている席など見当たらなかった。人の波の中、彼女は迷子になったような気分だった。何か飲もうと思いカフェに入ろうとしたが、そこも行列ができていた。見知らぬ顔、うるさい話し声、足音。彼女の神経が次第にピリピリと音を立てて限界に近づいていく。
「もう帰ろうか…」
絵里子は一緒に来た友人の麻美に言った。麻美は絵里子の顔色を見て、心配そうにうなずいた。二人は何も食べず、何も飲まずにその場を後にした。外に出た瞬間、絵里子は大きく息を吸い込んだが、それでも胸の中に溜まった不快感は消えなかった。
「社会適応障害なんだろうか、私」
帰り道、絵里子はぽつりとつぶやいた。麻美は何も言わなかったが、その沈黙が絵里子には痛かった。彼女は昔から、普通の人ができることができなかった。友人たちと一緒にいるときも、突然の不安感に襲われたり、人混みの中で頭が真っ白になってしまったり。自分が周りに適応できていないと感じるたびに、胸が苦しくなった。
「病気のデパートって言われても仕方ないかもね…」
絵里子は自嘲気味に笑った。麻美はその言葉をどう受け取っていいかわからず、ただ絵里子の手を軽く握った。何も言わなくても、絵里子がどれだけ日常の中で戦っているかを、麻美は少しだけ理解していた。
家に帰ると、絵里子はベッドに倒れ込んだ。体中の力が抜け、何もかもがどうでもよくなった。窓の外ではまだ夏の陽射しが続いていたが、その光すら彼女には刺すように感じられた。
「適応できないのは、私だけじゃないんだろうか…」
絵里子は天井を見つめながら考えた。日常の中で普通に過ごせる人たちが羨ましくて仕方なかった。しかし、自分にはその「普通」がとても遠く感じられた。人の目を気にせず、思うように過ごせる日が来るのだろうか。そう思うと、少しだけ涙がこぼれた。
「まあ、どうにかなるよね」
彼女は声にならない言葉で自分を励ました。何も変わらないかもしれないけれど、何とか今日を乗り越えたことが、せめてもの救いだと思った。絵里子は目を閉じ、静かな眠りに身を委ねた。耳の奥にはまだ、イオンの喧騒が響いているような気がしたが、それも少しずつ遠のいていくように感じられた。静かな夢の中で、彼女は自分の居場所を探し続けた。
8月31日、夏休みの最後の土曜日。陽射しはまだ強く、街の空気は暑さとともに重かった。家を出た途端、絵里子は自分の身体が思うように動かないのを感じた。まるで這うようにして玄関を出ると、自転車のタイヤがぺしゃんこになっているのが目に入った。気力が尽きかけたが、気を取り直し、自転車屋で空気を入れてもらい、何とかイオンへ向かった。
イオンに着いた瞬間、絵里子は人の波に呑まれた。子どもたちが走り回り、親たちは最後の夏休みを楽しもうと買い物袋を両手に持ち、笑顔を浮かべている。彼女にはその光景が眩しすぎた。頭がくらくらし、吐き気が込み上げてくる。
「人が多すぎる…」
絵里子は混雑した店内を見渡し、胸の奥で不安が膨らむのを感じた。大食堂のエリアに足を踏み入れると、油の匂いと混じり合うフライドポテトやカレーの香りが鼻を突き、さらに気分が悪くなった。あちこちで子どもが駄々をこね、親たちはそれに応えようと必死に声をかけている。
「何か食べようと思ったけど、無理だ…」
空腹感はあったが、それ以上に環境の圧迫感が勝っていた。絵里子はどこかに座って一息つきたかったが、空いている席など見当たらなかった。人の波の中、彼女は迷子になったような気分だった。何か飲もうと思いカフェに入ろうとしたが、そこも行列ができていた。見知らぬ顔、うるさい話し声、足音。彼女の神経が次第にピリピリと音を立てて限界に近づいていく。
「もう帰ろうか…」
絵里子は一緒に来た友人の麻美に言った。麻美は絵里子の顔色を見て、心配そうにうなずいた。二人は何も食べず、何も飲まずにその場を後にした。外に出た瞬間、絵里子は大きく息を吸い込んだが、それでも胸の中に溜まった不快感は消えなかった。
「社会適応障害なんだろうか、私」
帰り道、絵里子はぽつりとつぶやいた。麻美は何も言わなかったが、その沈黙が絵里子には痛かった。彼女は昔から、普通の人ができることができなかった。友人たちと一緒にいるときも、突然の不安感に襲われたり、人混みの中で頭が真っ白になってしまったり。自分が周りに適応できていないと感じるたびに、胸が苦しくなった。
「病気のデパートって言われても仕方ないかもね…」
絵里子は自嘲気味に笑った。麻美はその言葉をどう受け取っていいかわからず、ただ絵里子の手を軽く握った。何も言わなくても、絵里子がどれだけ日常の中で戦っているかを、麻美は少しだけ理解していた。
家に帰ると、絵里子はベッドに倒れ込んだ。体中の力が抜け、何もかもがどうでもよくなった。窓の外ではまだ夏の陽射しが続いていたが、その光すら彼女には刺すように感じられた。
「適応できないのは、私だけじゃないんだろうか…」
絵里子は天井を見つめながら考えた。日常の中で普通に過ごせる人たちが羨ましくて仕方なかった。しかし、自分にはその「普通」がとても遠く感じられた。人の目を気にせず、思うように過ごせる日が来るのだろうか。そう思うと、少しだけ涙がこぼれた。
「まあ、どうにかなるよね」
彼女は声にならない言葉で自分を励ました。何も変わらないかもしれないけれど、何とか今日を乗り越えたことが、せめてもの救いだと思った。絵里子は目を閉じ、静かな眠りに身を委ねた。耳の奥にはまだ、イオンの喧騒が響いているような気がしたが、それも少しずつ遠のいていくように感じられた。静かな夢の中で、彼女は自分の居場所を探し続けた。
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