「俺は小説家になる」と申しております

やけのやんぱちにゃんこの目玉

「やけのやんぱちにゃんこの目玉」

工事の音が続く毎日、里美は自分の世界が狭まっていくのを感じていた。建て替えラッシュで町中が工事現場と化し、重機の轟音が日常の一部となってしまった。音が耳を刺すたびに、里美は苦しさと怒りでいっぱいになった。彼女の聴力過敏症が、この地獄のような音環境をより厳しく感じさせていた。

「これじゃ、まともに暮らせるわけがない！」

里美は毎日、窓を締め切り、耳栓をしても収まらない音に頭を抱えていた。建設作業が始まると、彼女はまるで音の圧力に押しつぶされるような感覚に襲われた。思わず、ソファのクッションに顔を埋め、頭を抱えるしかなかった。

「もう、誰も私の気持ちなんて理解できない。誰がこんなに騒がしい中で生活できるっていうんだ！」

彼女の怒りは募り、近所の住人たちにもぶつけたくなったが、彼女は言葉を飲み込んだ。誰もが、自分の問題には耳を塞いでいるように思えた。自分の困難に対して、他人は単なる傍観者でしかないと感じていた。

ある日、里美は冷蔵庫から缶詰を取り出し、部屋の隅で一人で食事をしていた。音が鳴り続ける中で、彼女の中に怒りと絶望が渦巻いていた。工事の音は決して止むことなく、里美の生活に侵入していた。

「こんな音の中で、どうやって平穏を保てと言うの？」

彼女は一口食べるごとに、心の中で呟いた。音に対する耐性が限界を超え、理性すら失っていた。まるで自分の生活が崩壊していくのを、手をこまねいて見守るしかないような気分だった。

突然、部屋の隅に小さな黒猫が現れた。その猫は、里美のことをじっと見つめ、瞳の中に何かを映しているようだった。里美はその猫をじっと見返し、何も考えずに触れてみた。猫の目玉は、まるで彼女の心の鏡のように輝いていた。

「お前もこの音に耐えているのか？」

里美は猫に問いかけるが、猫はただ静かに座っているだけだった。しかし、その静けさの中に、里美は少しの安心感を見出した。猫の存在は、音の世界から少しだけ隔絶された場所に彼女を連れて行ってくれるようだった。

「私がいくら叫んでも、音は止まらない。そんなことはわかっている。だけど、これ以上の騒音に対して、どうしようもないんだ」

里美は猫の横に座り、心の中でふと静かな世界を思い描いた。現実は酷いものだったが、その中でも自分の心を保つ方法を見つけようと努力した。猫の目玉は、彼女に内なる平穏を取り戻す力を与えてくれていた。

「どうせ私なんかどうにもならない。やけのやんぱちだってことくらい、自分でもわかってる。でも、それでも」

里美は無理にでも笑顔を作りながら、猫の頭を撫でた。音に押しつぶされそうな日々の中で、彼女は少しずつでも自分を取り戻そうと努めた。猫はその静かな存在で、彼女の孤独と怒りを一時的に癒す手助けをしていた。

「みんなしねー」と叫ぶ心の声は、次第に小さくなっていった。騒音と絶望の中でも、里美はどこかで静けさを見つけようとしていた。猫の目玉の輝きが、彼女に少しだけの希望を与えてくれたのだった。

工事は終わりを迎え、町は静けさを取り戻した。里美もまた、心の中での嵐を収める方法を見つけることができた。音の中で失ったものもあったが、その中で学んだものもあった。少しずつでも、自分を取り戻す力を手に入れるために、彼女は前を向いて歩き続けた。

「これからは、自分の内なる静けさを大切にしよう」

里美はそう心に誓い、猫の目玉のように静かで深い平穏を求めて、日々を生きていくことに決めた。