「俺は小説家になる」と申しております

石の選択

石の選択

初夏のある朝、オリーブ山の静けさが街の喧騒を包み込んでいた。イエスは日が昇ると同時に神殿へと向かい、早朝から集まっていた人々の前に立った。彼の周りには、霧が立ち込め、聖なる教えが空気を満たしていた。人々は、イエスの言葉に耳を傾けるために集まり、その神聖な教えを心に刻もうとしていた。

その静けさを破るようにして、書士とパリサイ人たちがやってきた。彼らは焦燥感に満ちた表情を浮かべていた。その中心に、恐怖と恥に満ちた女性が押し出されていた。彼女は姦淫の罪で捕らえられ、その目には苦悶と絶望が宿っていた。彼女の周囲には石を持った群衆が集まっていた。

「師よ」と、書士たちは声をそろえて言った。「この女は現に姦淫を犯しているところを捕らえられました。モーセの律法には、このような女を石打ちにするようにと規定されています。あなたはどうお考えですか？」

彼らの問いは、イエスを試すための罠だった。彼がどのように答えるかによって、彼の立場を攻撃し、支持者を失わせるつもりだった。しかし、イエスは冷静に反応せず、地面に身をかがめて指で何かを書き始めた。周囲の人々はその奇妙な行動に戸惑いながらも、その神聖さに圧倒されていた。

質問が繰り返される中で、イエスはついに顔を上げ、集まった人々に向かって語りかけた。「あなた方の中で罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」その言葉は鋭く、深い真実を突き刺すような力を持っていた。

イエスは再び地面にかがみ、指で書き続けた。静寂が広がり、誰もがその瞬間を待っていた。すると、年長者から始まって、次々と人々がその場を去り始めた。最終的には、群衆と書士たちが一人も残っていなかった。ただ、罪に定められた女性だけが、イエスの前に立っていた。

イエスはその女性に優しく目を向けた。「女よ、彼らはどこにいるのですか？誰もあなたを罪に定めなかったのですか？」

女性は震える声で答えた。「だれも、だんな様。」

イエスの顔に、慈愛と赦しの微笑みが浮かんだ。「わたしもあなたを罪に定めません。行きなさい。今からは、もう罪を習わしにしてはなりません。」

その言葉に、女性の顔には驚きと感謝の色が広がり、彼女は静かにその場を離れていった。イエスの教えは、その場にいた全ての人々の心に深く刻まれ、彼の持つ赦しと愛の力が明らかにされた瞬間だった。

その日、神殿に集まった人々は、石を投げる代わりに、自分自身を振り返り、他者を赦すことの重要性を学んだ。イエスの教えが示すのは、ただの法律や規則ではなく、愛と赦しの真理だった。