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春秋花壇

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言葉の海に溺れて

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言葉の海に溺れて

ミクロとマクロ。その言葉が浮かんだ瞬間、彼女は自分がどこか果てしない海に放り出されたような気分になった。ミクロ経済学とマクロ経済学。小さな視点と大きな視点。その違いを理解することは、まるで一滴の水と広大な海を同時に見るようなものだと、彼女は考えた。

「経済の基本を理解することは大切だよ」と、彼はよく言った。彼女の夫、隆一は、大学で経済学を教えていた。彼はいつも、社会の動きや市場の変化を熱心に解説し、彼女に対してもその知識を伝えようとしていた。だが、彼女にとってはその言葉が時に過剰で、むしろ逆に混乱を招いていた。

彼女の頭の中で、言葉が次々とあふれ出し、まるで大波が押し寄せるかのように彼女を飲み込んでいった。彼が話すたびに、彼女はその言葉の洪水に溺れてしまいそうだった。

「経済は人々の生活と密接に結びついているんだ。マクロ経済学では、国全体の動きを見るんだよ。GDPや失業率、インフレ率、国際貿易などが重要だ。そして、ミクロ経済学では個々の市場や企業、消費者の行動を分析するんだ」と、彼が説明する。

彼女は頷いてみせたが、実際にはその内容が頭の中でまとまることはなかった。彼の言葉は彼女にとってまるで別の言語のようであり、理解するにはあまりにも遠く感じられた。

「でも、どうしてそんなに経済が大事なの?」彼女はある日、思わず口にした。

彼は一瞬、考え込むように眉をひそめた後、優しく微笑んだ。「経済は、私たちの暮らしそのものだよ。物価が上がると、生活が苦しくなるだろう?給料が増えれば、もっと自由に生活できるようになる。そうした変化の背景には、必ず経済があるんだ。だから、理解することは大事なんだ」

彼の言葉を聞いて、彼女は少しだけ理解できた気がした。しかし、依然としてその情報量の多さには圧倒されていた。

彼女は隆一が寝静まった後、一人でリビングのソファに座って、静かに考え込んだ。彼の言葉が頭の中でぐるぐると回り、まるで終わりのない海を泳いでいるような感覚がした。情報が多すぎて、何が重要なのか、どこから理解を始めるべきなのかがわからなかった。

ふと、彼女は息を深く吸い込み、吐き出した。すると、彼の言葉が波のように押し寄せるのではなく、一つずつ浮かんでは消えていくのが見えるような気がした。彼女はその言葉の一つ一つを手に取り、じっくりと見つめてみた。

「ミクロ」と「マクロ」。それぞれが彼の思考の中でどのように位置づけられているのか、少しずつ見えてきた気がした。ミクロは、小さな視点から物事を見ることで、個々の出来事や決定がどのように影響を与えるかを理解するためのもの。マクロは、大きな視点から全体を見渡し、その中での個々の出来事がどのように絡み合っているのかを探るためのもの。

彼女はゆっくりと理解が深まっていくのを感じた。そして、経済という複雑なものを彼がどうしてそんなに情熱を持って教えたがるのかも、少しだけわかるような気がした。

だが同時に、彼女は自分がその全てを理解する必要はないとも感じた。彼の世界と自分の世界は交差しているが、完全に重なることはない。それでも、お互いの世界を尊重し合うことはできる。そして、その交差点で生まれる共鳴が、二人の関係をより深くしてくれるのだろう。

彼女は微笑み、心の中で彼に感謝した。彼の情熱は、彼女に新しい視点を与えてくれた。そして、その言葉の海の中で溺れることなく、彼女は少しずつ泳ぎ方を覚えていくのだろう。

彼女は、ソファから立ち上がり、寝室に向かった。扉を開けると、彼が静かに眠っている姿が目に入った。彼の隣にそっと横たわりながら、彼女は心の中でささやいた。

「ありがとう、隆一さん。私はあなたの言葉に溺れながらも、少しずつ進んでいけると思うよ」

彼の穏やかな寝息が、彼女の耳に心地よく響いた。夜が深まり、言葉の波が静かに引いていく中で、彼女はその穏やかなリズムに身を任せ、ゆっくりと眠りについた。








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