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作家の苦悩

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作家の苦悩

秋の風が窓から入り込み、部屋のカーテンをそっと揺らした。机に向かっていた夏希は、そんな風の感触を頬に感じながら、目を細めていた。パソコンの画面に映し出された文章が、次第にぼやけて見える。彼女の目はかすみ始め、文字が霞の向こうにあるかのように遠く感じられた。

「またか…」

夏希はため息をつき、両手で顔を覆った。ここ数週間、彼女はこのかすみ目に悩まされていた。日々の執筆活動が進むにつれて、彼女の視力は徐々に悪化し、焦点を合わせることが難しくなっていた。

執筆が進まないことに苛立ちを感じつつも、彼女は無理に目をこすったり、焦点を合わせようと努力したりしていた。しかし、それはさらに彼女の目の負担を増すだけだった。視界はますます曇り、頭痛がひどくなり、ついには何も書けなくなってしまう。

「こんなこと、前はなかったのに…」

夏希は疲れた目を閉じて、過去の自分を思い返した。以前はどんなに長時間書き続けても、目が疲れることなどなかった。それどころか、彼女は夜通し書き続けることができるほどのエネルギーを持っていた。創作に没頭する喜びが、彼女を突き動かしていたのだ。

しかし、今やその情熱は、目のかすみとともに霧散していくようだった。何度も書き直し、削除し、もう一度最初からやり直す。しかし、何度繰り返しても納得のいく文章が書けない。彼女の中で、アイデアは次々と湧いてくるのに、文字にすることができないのだ。

目を開けると、夏希は窓の外を見つめた。紅葉が進む木々が揺れる様子が、ぼんやりと見える。その景色は美しいが、どこか遠く感じられる。まるで、自分の手の届かない場所にあるかのように。

「こんなことで、私はもう小説を書けなくなってしまうのだろうか…」

そんな不安が、彼女の心を重く圧し掛かる。執筆が進まないことが、彼女の自己嫌悪を強め、さらに目のかすみを悪化させる悪循環に陥っているようだった。

夏希は立ち上がり、部屋の中を歩き回り始めた。何か、解決策を見つけなければならないと思いながらも、具体的な案が浮かばない。彼女はふと、本棚に並ぶ書籍の背表紙に目を向けた。そこには、自分がかつて愛読した数々の作品が並んでいる。

手に取った一冊の本。そのページをめくると、かすみ目の中でも文字が読めることにほっとした。自分では書けなくなっても、読むことならまだできる。それが唯一の救いだった。

ページを進めるうちに、夏希は次第に落ち着きを取り戻していった。物語の中に没頭することで、自分の問題から一時的に逃れることができたのだ。

しかし、読み終えた後には、また現実に引き戻される。書きたい、でも書けないという苦しみが、彼女を再び襲ってくる。そんな中、夏希はふと、ある考えに至った。

「私が今感じているこの苦しみや焦りを、そのまま物語にできないだろうか?」

自分が抱えている問題を、作品のテーマにする。それは今まで考えたことのないアイデアだったが、今の彼女にはそれが唯一の道に思えた。彼女自身の感情や体験を、登場人物に反映させることで、現実と創作の境界を曖昧にし、両方を同時に進めていく。

「そうだ、今の私が書けるものを書けばいいんだ」

夏希は再びパソコンの前に座り、画面を見つめた。文字は相変わらずかすんでいるが、それでもいいと自分に言い聞かせた。今の自分にしか書けない物語が、きっとあるはずだと。

そして、彼女は一文字一文字、ゆっくりとタイピングを始めた。かすんだ目の向こうには、新たな物語の始まりが見えていた。自分自身の不安や挫折を、そのまま文字にしていくことで、少しずつでも前に進んでいける。夏希は、そう信じながら書き続けた。








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