上 下
1,099 / 1,684

理想郷を作る実験

しおりを挟む
「理想郷を作る実験」

静かな研究室に、一筋の陽光が差し込んでいた。白衣を着た中年の科学者、三田村博士は、無数のモニターに映し出された光景をじっと見つめていた。モニターの中では、ネズミたちが複雑に設計された迷路の中を動き回っていた。彼らはすべて、ユニバース25と呼ばれる実験の一部であり、三田村がこの数年間、命をかけて進めてきたプロジェクトの中心だった。

「8匹のネズミから始まったこの理想郷が、どう変わっていくのか…」三田村は、考え込むように呟いた。

ユニバース25は、完全に自給自足が可能なネズミの楽園として設計された。この世界には食料や水が無限に供給され、外的な脅威も存在しない。環境は最適化され、ネズミたちが平和に暮らすためのあらゆる要素が揃っている。しかし、その理想郷がもたらすものは、果たして何だったのか。

実験は、8匹のネズミをユニバース25に放つところから始まった。彼らは初めて見る環境に戸惑いながらも、次第に新しい世界に適応していった。そして、数週間のうちに、彼らは順調に繁殖し、その数を増やしていった。三田村は、その光景に微かな安心を感じていた。

しかし、時間が経つにつれて、ネズミたちの行動に変化が現れ始めた。人口が増えると共に、彼らの行動は次第に異常なものになっていった。初めは無害な行動の変化だったが、それはやがて、社会全体に大きな影響を与えるものとなっていった。

ネズミたちの中には、仲間との交流を避け、独りで過ごす者が現れ始めた。彼らはコミュニティから離れ、狭いスペースに引きこもるようになった。食事も最小限にとどめ、他者との接触を避け続けた。三田村は、その様子を見て驚きと不安を感じた。豊かな環境の中で、なぜ彼らは孤立を選ぶのか。

さらに、ネズミたちの一部は、異常な攻撃性を見せるようになった。些細なことで争いを起こし、無意味な暴力が繰り返されるようになった。そして、やがてそれは全体に広がり、ネズミの社会は混乱と暴力に満ちるようになった。

「理想郷のはずだった…」三田村は、モニターを見つめながらつぶやいた。「すべてを整え、何も欠けるものがない環境で、なぜこうなってしまったのか。」

彼は、自分が何を間違えたのかを考え始めた。完璧な環境を与えることで、逆にネズミたちは生きる意味を見失ったのだろうか。三田村の実験は、理想郷の危うさを浮き彫りにしていた。

その日の夜、三田村はふと、モニターを眺めていた時に感じた奇妙な違和感を思い出した。ネズミたちが孤立し、暴力的になった理由が何であれ、それは単なる本能の反応ではなく、彼らが置かれた環境そのものが原因であることに気づき始めた。

翌朝、三田村は思い切って、ユニバース25の内部を直接観察することにした。彼はゆっくりと歩を進め、目の前に広がる静かな光景を見つめた。そこには、かつての活気に満ちたネズミたちの社会はなく、残されたのはわずかな数の生存者だけだった。彼らは、もはや生きる意欲を失ったように、ただそこに存在しているだけだった。

三田村は深い失望感を覚えた。この理想郷は、ネズミたちにとって、もはや生きる意味を奪う場所となってしまった。すべてが整い、欠けるもののない環境は、逆に彼らの精神を蝕んでいったのだ。

「これは…人間にも通じる教訓なのかもしれない。」三田村は、そう思わずにはいられなかった。人間もまた、理想の環境を求めてきたが、その先にあるのは同じような結末かもしれない。

三田村は静かにユニバース25を後にし、研究室のドアを閉めた。そして、彼の胸には一つの問いが残された。「理想郷とは、一体何なのか?」それは、答えのない問いであり、彼の心に深く刻まれることとなった。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

春秋花壇
現代文学
注意欠陥多動性障害(ADHD)の日常

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

生きる

春秋花壇
現代文学
生きる

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

処理中です...