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春秋花壇

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草の葉がくれ

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草の葉がくれ

風が冷たく吹く晩秋の夜、山間の古い墓地に一人の若い女性が佇んでいた。彼女の名は綾乃。曽祖母が眠るこの場所には、無縁墓や古塚が点在し、静かな苔がその表面を覆っている。彼女は幼い頃からこの場所に興味を持ち、不思議な魅力に引かれて何度も訪れていた。

その晩も、綾乃はいつものように曽祖母の墓に手を合わせた後、古塚の間を歩いていた。月が薄い光を放ち、苔の花がちらちらと揺れる中、彼女の足元に何かが光って見えた。そこには、小さな切燈籠があり、苔の花がその周りを優しく彩っていた。

「こんなところに灯籠が…?」綾乃は不思議に思いながらも、その灯籠に手を伸ばした。触れた瞬間、周囲の風景がゆっくりと変わり始めた。木々の葉がざわめき、草が静かに揺れる音が聞こえる中、彼女は見知らぬ場所に立っていることに気づいた。

そこはまるで異世界のような場所で、夜の闇が一層深く、足元には仄白い光が差し込んでいた。彼女はその光を追いながら歩いて行くと、草陰に人影が見えた。近づいてみると、それはかつてこの地に住んでいたとされる亡霊たちだった。

亡霊たちは寂しげな表情を浮かべ、彼女をじっと見つめていた。綾乃は少し恐る恐る話しかけてみた。「あなたたちはここで何をしているのですか?」

一人の亡霊が静かに答えた。「我々はここでずっと待っているのです。誰かが我々の存在を忘れずに、ここに訪れてくれることを。」

綾乃はその言葉に胸が締め付けられるような思いを感じた。「そんなに寂しい思いをしているのですね。私はあなたたちのことを忘れません。何かできることはありますか?」

亡霊たちは微笑み、彼女に感謝の意を伝えた。「あなたがこうしてここに来てくれたことだけで、我々は十分に救われます。ありがとう。」

その瞬間、再び風が強く吹き、綾乃の周囲の風景が元の墓地に戻った。彼女は驚きと感動の中で、灯籠を見つめた。灯籠の光は消えていたが、その場所には確かに苔の花が咲き誇っていた。

綾乃は深く息を吸い込み、再び曽祖母の墓に向かって歩き出した。彼女は亡霊たちの言葉を胸に刻み、これからもこの場所を訪れ、忘れられた存在に思いを馳せることを誓った。

草が揺れる音が彼女の耳に優しく響き、月の光が静かに彼女の道を照らしていた。冥々とした闇の中で、彼女は一人歩き続けたが、その心には温かい光が灯っていた。








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