「俺は小説家になる」と申しております

才能の影

才能の影

才能への嫉妬ほど深い闇はない。特にそれが愛する者に向けられるとき、その苦しさは言葉では表現できないほどだ。夫の和也もまた、妻の才能に苦しめられていた。

和也と玲奈は大学時代に出会った。和也は文学部で学び、詩人を目指していた。玲奈は音楽学部で、ピアニストを目指していた。二人は共通の友人を通じて知り合い、やがて恋に落ち、結婚した。

結婚生活は順調だった。二人はお互いの夢を応援し合い、理解し合っていた。しかし、玲奈の才能が開花するにつれて、和也の心に影が落ち始めた。

玲奈はピアノの演奏で数々のコンクールに優勝し、次第に名声を得ていった。彼女の演奏会はいつも満員で、観客はその美しい音楽に感動して涙を流した。和也も最初は彼女の成功を喜び、誇りに思っていた。しかし、次第に彼の詩は評価されなくなり、書くこと自体が苦痛になっていった。

和也の詩は、玲奈の才能の前に霞んでしまうように感じた。彼は自分が無力であるかのように思い、次第に嫉妬と自己嫌悪に陥っていった。玲奈の輝きが増すたびに、和也の心の中の闇は深まっていった。

ある夜、玲奈が大きな演奏会から帰宅した。彼女は満面の笑みを浮かべていた。

「今日の演奏会は大成功だったわ！ 観客のみんなが感動してくれたの。」

和也は無表情で答えた。「そうか、良かったな。」

玲奈は和也の冷たい反応に気づき、心配そうに彼を見つめた。「和也、大丈夫？ 最近、元気がないように見えるけど…。」

「大丈夫さ。ただ、少し疲れているだけだ。」

それ以上の会話はなかった。和也は自分の感情を抑え込むことに必死だった。だが、内心では玲奈の才能に対する嫉妬が渦巻いていた。

和也の嫉妬は日増しに強くなり、彼の行動にも現れ始めた。彼は玲奈の演奏会に行かなくなり、家で詩を書こうとするが、何も書けない自分に苛立ちを覚えた。玲奈が演奏の練習をしているとき、彼はその音を聞くことさえ苦痛だった。

「和也、最近本当に変だよ。何か悩んでいることがあるなら話してほしい。」

玲奈は心配そうに彼に問いかけたが、和也は答えなかった。彼は自分の嫉妬心を認めることができなかったのだ。それを認めることは、玲奈を愛する気持ちを否定することになるような気がした。

やがて和也は、玲奈の成功を妨げるような行動を取り始めた。彼は彼女の練習時間を奪うために、無意味な用事を頼んだり、意図的に騒音を立てたりした。玲奈は次第に和也の行動に気づき、彼の変化に対する不安が募った。

「和也、何をしているの？ あなたの行動が私を困らせていることに気づいている？」

玲奈の問いかけに、和也は答えられなかった。彼は自分の嫉妬心が彼女を傷つけていることに気づいていたが、それを止めることができなかった。

ある日、玲奈は決心して和也に話しかけた。「和也、私たちはこのままではいけないと思う。あなたが私を嫉妬していることを知っている。だけど、私たちにはお互いを支え合う必要がある。」

和也は初めて自分の感情を言葉にした。「玲奈、君の才能が羨ましいんだ。僕は君のように輝くことができない。それが苦しいんだ。」

玲奈は和也の手を握りしめた。「和也、あなたの詩は素晴らしいわ。私の音楽があなたの詩と共鳴するように、私たちはお互いに輝くことができるはず。」

その言葉に、和也は涙を流した。彼は初めて、自分の嫉妬心を素直に受け入れることができた。そして、玲奈の愛が自分を包み込んでいることに気づいた。

和也は再び詩を書き始めた。玲奈は彼のそばでピアノを弾きながら、彼の詩にインスピレーションを与えた。二人は共に創作し、互いの才能を高め合うことができるようになった。

嫉妬は消え去り、和也と玲奈の間には新たな絆が生まれた。彼らは互いに支え合い、愛し合いながら、共に未来を歩んでいくことを誓った。才能への嫉妬が深い闇であったとしても、それを乗り越える愛の力が、二人をより強く結びつけたのだった。