「俺は小説家になる」と申しております

風の便りに

風の便りに

薄暮の空に、茜色の雲がゆっくりと漂い、刻一刻と深みを増していく。夕立の余韻を残した土の香りと、草木の青々とした香りが混ざり合い、鼻腔をくすぐる。そんな静寂の中、一人の男が、古びた茶屋の前に佇んでいた。

男は、旅の風情に身を委ね、何処とも知れない場所へと向かっていた。長い旅路の疲れは色濃く、彼の顔には深い皺が刻まれていた。しかし、その眼差しには、どこか物憂げな光が宿っていた。

茶屋の扉を開け、中へと足を踏み入れると、薄暗い店内には、ほの暗い灯火が灯されていた。壁には古びた掛け軸が飾られ、床には畳が敷き詰められていた。奥の座敷には、老人が一人、静かに茶をすすっていた。

男は、その老人に近づき、腰を下ろした。老人は、男をじっと見つめ、静かに話しかけた。

「旅の疲れは癒えたかね？」

男は、老人の言葉を聞き、小さく頷いた。

「旅の目的はどこにあるのかね？」

老人の問いに対し、男はしばらく言葉を詰まらせた。そして、ゆっくりと口を開いた。

「私は、風を追いかけています。」

老人は、男の言葉に驚き、目を丸くした。そして、不思議そうな顔で尋ねた。

「風を追いかけて？ そんな馬鹿げた話があるものか。」

男は、老人の言葉に反論せず、静かに続けた。

「私は、幼い頃から風の声を聞くことができた。風の囁きの中で、様々な物語を聞いてきた。そして、いつかその物語の舞台を訪れたいと、ずっと願ってきたのです。」

老人は、男の言葉を聞いて、感嘆した。そして、静かに語り始めた。

「風の物語は、真実を映し出す鏡のようなものだ。しかし、その鏡に映るものは、時には残酷で、悲しいものもある。それでも、あなたは真実を知りたいのかね？」

男は、老人の問いに、力強く頷いた。

「私は、真実を知りたい。たとえそれが残酷で、悲しいものであっても。」

老人は、男の覚悟を見定め、静かに語り始めた。

「風の物語は、各地に散らばっている。その物語を全て集めれば、真実を見つけることができるだろう。しかし、その道のりは険しく、多くの困難が待ち受けている。覚悟はできているのかね？」

男は、老人の問いに、迷いなく答えた。

「私は、覚悟しています。どんな困難も乗り越えて、真実を見つけます。」

老人は、男の決意に感銘を受け、立ち上がった。そして、奥の部屋から、古びた地図を取り出した。

「この地図は、風の物語の場所を示している。これを頼りに、旅を続けなさい。」

男は、老人の言葉に感謝し、地図を受け取った。そして、茶屋を後にし、再び旅路へとついた。

夕闇が迫り、空には満点の星が輝き始めていた。男は、星を見上げ、静かに呟いた。

「私は、風を追いかけて、真実を見つける。そして、いつかこの旅を終わらせ、ここに帰ってくる。」

男の言葉は、風に乗り、遠くへと消えていった。