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雪魄氷姿

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雪魄氷姿とは、真っ白な雪のように透き通った美しい姿を意味する四字熟語である。

ある寒い冬の日、一人の旅人が、雪深い山道を歩いていた。旅人は、長い旅の疲れと寒さで、すっかり疲れ果てていた。

すると、旅人は、遠くに、一軒の茶屋を見つけた。旅人は、茶屋に駆け込み、温かいお茶を注文した。

茶屋の主人は、旅人に、温かいお茶と、ほっこりとした甘味を出した。旅人は、お茶を飲み、甘味を食べて、疲れが癒され、心が温まった。

まろみのある甘みと渋みと苦みがほどよく溶け合って絶妙の味わいだった。

深い香りの美しい色のお茶だった。

ちんちんにやかんで沸かしたお湯を湯呑に注ぎ程よく湯冷まししたもてなしの心の溢れるお茶だった。

「うまい」

と、旅人は主人に礼を言うと

「娘がどうしても自分でいれたいと申しまして……」

その茶屋には、美しい娘がいた。

娘は恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見ている。

耳まで赤くして今にも消え入りそうでとってもかわいかった。

優しい娘は、旅人に一目ぼれをしてどうしても旅人を年老いた親の元に無事に送り届けたかった。

旅人はなんだか嬉しくなって心も軽くなった。

茶屋の主人は、親切に

「日ももうすぐ落ちます。何もありませんが今日は、ゆっくり泊って行ってください」

と言ってくれた。お茶のおかげで暖も取れていたのだが、主人の言葉に甘えて、泊まることにした。

旅人は風呂に入り、旅の疲れをすっかり癒すことができた。

旅人が布団にくるまって夢の中にいるころ、急にあたりは強い木枯らしに包まれ吹雪いてきた。

朝、目覚めると30センチ以上、新雪が積もっていてここで休んでよかったと心から思った。

床の間には、一輪、ほろりと咲いた梅の一枝。

思わず深呼吸したくなるような涼やかな品のいい香りがする。

このあたりでは、吹雪の中狐に騙されて、裸で手拭いを頭にのせて死んでいくものがあるという。

お言葉に甘えて、茶屋に泊まっていかなかったら

今頃は三途の川を散歩していたのかもしれない。

旅人には、年老いた母親がいて都に薬を買いに行った帰り道だった。


旅人は、茶屋の主人にお礼を言い、また旅を続けた。旅人は、雪深い山道を歩きながら、茶屋の主人に出会えたことに、感謝していた。

結構険しい山道だった。

空気も希薄になっているのか息が苦しい。

「なんださか、こんなさか、負けるな自分」

一歩ずつ踏みしめて登っていく。

きしきしときしむ新雪は表面はアイスバーンで硬くなってるのだが、

ずぼっずぼっと足が埋まって股返しが難しかった。

橇(かじき)でもあればもう少し楽なのだろうが、ちょっと上っては休み、またちょっと上っては休んで、

「ふーー」

「はーーー」

耳が寒さのため赤くなりしもやけなのか痛痒い。

息は白く、時折手にかけてこすり合わせる。

ずぼりずほりと深い足跡だけが今来た道を示している。

何度このまま眠ってしまおうと思ったことか。

その度に、茶屋の娘が別れ際に持たせてくれた干菓子を口に含んだ。

砂糖菓子の塊のようなものが口の中で少しずつ溶けていく。

ほのかに梅干しの香りがして唾液がじゅわっと広がっていく。

旅人は、しばらく歩き続け、ようやく、山道の頂上にたどり着いた。旅人は、山頂から、広大な景色を眺めた。

山頂には、真っ白な雪が降り積もり、その姿は、まさに雪魄氷姿であった。旅人は、息を呑むほどの美しさに感動した。

キラキラと輝く稜線。

茜色に燃え立つ尾根。

青と赤のグラデーション。

凍てついた樹木が点々と並んでいる。

降っても泡のようにすぐに消える「淡雪あわゆき」、

粉のようにさらさらとした「粉雪こなゆき」、

細やかにまばらに降る「細雪ささめゆき」、

綿をちぎったような大きなふわふわとした「綿雪わたゆき」、

灰が舞うようにひらひらと降る「灰雪はいゆき」、

何度も何度も降り積もり、この白銀の世界を織りなしていく。

まるで、天使が一重一重の羽二重をしきつめたように。


積もった雪(積雪)を分類すると、

「新雪」「こしまり雪」「しまり雪」「ざらめ雪」の4つに大きく分けられる。

降ったばかりの新雪から、時間が経つにつれて次第に重くなり、種類も変化していくのだそうだ。

梶井基次郎の「桜の木の下で」のように、この美しい雪魄氷姿の下に

ひょっとしたらたくさんの死体が埋まっていると考えると

「やめろー、変態」

と怒鳴りたくなる。

仮にそうかもしれない。

いや、これだけの広い土地だ。

絶対といっていいくらい、死んだ人は埋まっているのだろう。

だけど、この厳かな天界ともいうべき景色を前にどろどろとした人間の営みや

生命の生死を論じるつもりはない。

だから、お前の小説は売れないんだよ。

もっと、つるはしで硬いアスファルトをはがすように

思い込みやありもしない信仰心は捨てろ。

でくの坊と呼ばれ、生まれてこの方、人に迷惑ばかりかけてきた

この俺がたった一度、年老いたおふくろの薬を都まで取りに行った。

「どうせ、ダメだろう」

「途中で下手ってのたれ死ぬかもしれない」

のらりくらりと生きてきた甘えや自己評価の低さと戦って、今、ようやく頂上を超えようとしている。

神様のご褒美のように目の前に広がる雪魄氷姿の妙なる景観。

ありがとうございます。

涙がぼろぼろこぼれてくる。

ありがとうございます。

がんばりました。

あと少しあと少しでこの旅も終わる。

心は打ち震え、すべての罪や弱さを洗い流してもらって新たにされていく。

この世のものとは思えないほど美しいその景色に畏怖の念さえ覚えた。


『 雪降れば 冬ごもりせる 草も木も 春にしられぬ 花ぞ咲きける 』

紀貫之


旅人は、山頂でしばらく景色を眺め、そして、再び旅を続けた。旅人は、雪魄氷姿を心に刻み、旅を続けた。

旅人は、長い旅の末、故郷に帰った。旅人は、故郷の人々に、雪魄氷姿の美しさについて語った。

故郷の人々は、旅人の話を聞いて、雪魄氷姿の美しさに思いを馳せた。

雪魄氷姿は、旅人の心に深く刻まれた、忘れられない思い出となった。

旅人は、その後も、雪魄氷姿の美しさについて、誰かに語るときは、必ず、茶屋の主人に出会えたことを、感謝の気持ちとともに語っていた。

雪魄氷姿は、旅人の心を癒し、そして、旅人の人生を豊かにした。

もしもあの晩、娘が旅人に一目ぼれしていなければ、

吹雪のため立ち往生した旅人は無事に年老いた母親に薬を届けることはできなかったであろう。

LINEもスマホもない時代、袖すり合うも他生の縁。

梅の香りのするあの美しい娘の幸せを心から祈った。
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