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慎みの花

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「慎みの花」

ルシア王妃は、この世界に生まれ変わったとき、自分の過去を知っていた。彼女はかつて、別の世界で「悪役令嬢」として知られ、権力と富を追い求めたあげく、破滅を迎えた存在であった。転生の際、神に問われたとき、彼女は「慎み深さ」を手に入れたいと願った。それが転生の目的であり、彼女の新たな人生の始まりであった。

しかし、この新しい人生でも彼女は簡単には幸せを手に入れられなかった。王妃としての地位に就いたものの、彼女は捨て子であり、出自の不明確さが常に影を落としていた。宮廷内では、陰口が絶えなかった。「捨て子のくせに」「所作が美しくない」と、人々は彼女を嘲笑し、冷たい視線を送り続けた。

それでも、ルシアは慎み深さを忘れることはなかった。彼女は言葉を返すことなく、ただ黙々と王妃としての務めを果たし続けた。彼女が心を込めて取り組んでいたのは、夫であるフランシス・ド・ヴァロワ王のために王政を支え、王子と王女たちを立派に育てることだった。

その日、マリー王女10歳とリシャール王子9歳の誕生パーティーが盛大に開かれた。王国中の貴族たちが集まり、祝宴は華やかなものとなった。しかし、その席でさえも、ルシアは陰口の対象であった。王政を強化せず、爵位を疎かにすることが取り沙汰され、彼女の存在は空気のように扱われていた。

ルシアは、華やかな宴の中で孤独を感じていた。だが、彼女は心の中でこう自分に言い聞かせた。「私はこの場に必要な人間だ。この子たちのために、夫のために、私はここにいる。」

宴の最中、彼女はそっとリシャール王子に目を向けた。リシャールは何も知らずに楽しんでいたが、母の視線を感じて一瞬こちらを見つめ返した。その瞳には、無邪気な信頼が宿っていた。ルシアは微笑み、静かに杯を掲げた。

その瞬間、宴の喧騒が静まり、フランシス王が声を上げた。「皆、この日を祝いましょう。そして、ルシア王妃に感謝の意を表したい。彼女の献身と愛情がなければ、我が家族はここにいなかっただろう。」

この言葉に、場の雰囲気が変わった。貴族たちは一瞬驚き、次いで彼女に向けて拍手を送り始めた。陰口をたたいていた者たちも、彼女の存在を改めて認識し始めたのだ。ルシアは微笑みながら、慎み深く頭を下げた。拍手は次第に大きくなり、彼女の周りに温かい空気が満ちていった。

ルシアは、慎み深さが自分を守り、そして人々の心を変えていく力を持っていることを感じた。転生してからの長い道のりが、ようやく報われた瞬間であった。

宴が終わり、ルシアは子供たちを寝かしつけた後、静かに自室に戻った。彼女は窓から夜空を見上げた。満天の星々が輝き、彼女の心も穏やかであった。これからも試練は続くだろうが、ルシアは決して自分を見失わない。慎み深さを胸に秘め、家族を支える存在であり続けることを誓った。










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