無駄お化け

時は金と同じ

「時は金と同じ」

都心のビルの一角、広々としたオフィスの一室で、若手の企業家である青山拓也（あおやま たくや）は、焦燥感に駆られながらデスクに向かっていた。彼の目の前には、複数のタスクとスケジュールがびっしりと詰まったホワイトボードがあり、その中にはいくつもの締め切りが赤字で記されている。彼は今、時間に追われ、何かを成し遂げなければならないというプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

青山は、学生時代から「成功者」を目指し、常に全力で走り続けてきた。彼は何よりも「時間」を無駄にすることを恐れ、いつも効率を重視してきた。その結果、彼は若くして会社を立ち上げ、順調に成長させていた。しかし、成功を追い求めるあまり、彼の生活は常に時間との戦いだった。

ある日、ふとした瞬間に青山の元へ、かつての恩師である中村教授から連絡が入った。中村教授は、彼が大学時代に最も尊敬していた人物であり、青山のビジネスへの情熱を理解し、支えてくれた存在でもあった。教授は、久しぶりに会いたいという旨を伝え、食事に誘った。

「久しぶりだな、青山君。」

待ち合わせ場所の小さなカフェで、教授は青山に笑顔を向けた。青山はその温かさに、少しほっとした気持ちになったが、同時に焦りも感じていた。「こんな時間、無駄にしていいのか？」という思いが心をよぎる。

「最近どうだい？忙しいか？」教授が尋ねる。

「はい…まあ、かなり。」青山は短く答えた。

「君はずっと、時間を無駄にすることを恐れているように見える。だが、果たしてそれが本当に必要なことなのか？」教授は穏やかな口調で、問いかけた。

「時間は貴重です。無駄にしてはいけない…そう思っています。」青山は力強く答えた。

教授は少し黙り込み、カフェの窓から外の景色を見つめた後、ゆっくりと話し始めた。「君は『時は金なり』という言葉をよく耳にするだろう。しかし、私はそれだけでは不十分だと考えている。時間は金と同じように貴重だが、それを無駄にさえしなければ、十分にあるものでもある。」

「どういう意味ですか？」青山は少し戸惑いながら尋ねた。

「君が言う『無駄』とは、一体何を指しているんだい？」教授の言葉は青山の心に深く突き刺さった。彼は、これまでの自分の生活を振り返り、常に効率を追求し、無駄を排除しようと努めてきたことを思い出した。しかし、そこで一瞬立ち止まり、「無駄」とは何なのかを考え始めた。

教授は続けた。「時間を無駄にしないというのは、ただ何かを達成するためにすべての瞬間を埋め尽くすことではない。時には、立ち止まり、自分自身と向き合い、何もせずに考えることも必要なんだ。」

青山はその言葉にハッとさせられた。彼はこれまで、休むことすら「無駄」と考え、何かに追われるように働き続けていたが、それが果たして本当に自分にとって有益だったのか、疑問を感じ始めた。

教授は続ける。「時間は有限だが、それをどう使うかは君次第だ。重要なのは、君がその時間をどう感じ、どう価値を見出すかだ。もし君が時間を無駄にしないことだけを考えて過ごしているなら、その時点で時間を無駄にしていると言えるかもしれない。」

青山はその言葉を深く考えた。彼は、これまでの自分の生き方が一体何だったのか、そしてこれからどうすべきかを真剣に考えるようになった。確かに、時間を効率的に使うことは重要だが、それが全てではないということに気づかされた。

その後、青山は自分のペースを少し緩めることを決意した。彼は、効率や成果ばかりに囚われるのではなく、自分自身や周囲の人々との時間を大切にすることを心に決めた。彼は、仕事の合間に趣味を楽しむ時間を作り、友人や家族と過ごす時間も増やすようにした。

そして、青山は新しい視点で仕事に取り組み始めた。時間を無駄にしないという考え方は変わらないが、それ以上に、時間をどう使うか、その瞬間をどう生きるかを大切にするようになった。

その結果、彼のビジネスは以前よりも成長し、彼自身もより充実した日々を送ることができるようになった。青山は、教授の言葉を胸に刻み、これからも自分の時間を大切に、そして有意義に使っていくことを心に誓った。