ありがとうの詩

春秋花壇

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庭の恵み

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庭の恵み

花屋の白い袋を手に、家の門をくぐったのは夕方近くだった。今日の空は、薄いベールをかけたように霞んでいて、庭の緑がいつもより深く見えた。手入れされた花壇には、色とりどりの花が咲き誇り、微かな甘い香りが鼻腔をくすぐる。この庭は、僕にとって特別な場所だった。土に触れ、花と向き合っていると、心が安らぎ、日々の心配事を忘れられる。

今日は、入院中の妻、美咲のために花を選んだ。彼女の大好きなピンクのカーネーションと、病室に飾っても邪魔にならないように、小ぶりな白いスターチス。少しでも、彼女の心が癒されればと思った。

庭の入り口で、見慣れない顔が目に入った。よく見ると、地元の会衆の兄弟姉妹が四人も、庭を覗き込むように立っていた。その中には、以前、集会で一度だけ顔を合わせた、岡山から引っ越してきたばかりだという若い兄弟の姿もあった。

「こんばんは!」

僕が声をかけると、皆、ぱっと表情を明るくした。

「孝さん、お帰りなさい!少し、お庭を見せていただいてもいいですか?」

姉妹の一人が、にこやかに言った。

「もちろん、どうぞ!ちょうど、花を買ってきたところなんです」

僕は、皆を庭に招き入れた。

庭は、手作りながらも、僕の愛情が詰まっていた。母が植えた古い桜の木の下には、ベンチを置いて、休憩できるようにしてある。花壇は、季節ごとに咲く花で彩られ、一年を通して様々な表情を見せる。

「わあ、綺麗!本当に素敵なお庭ですね!」

姉妹の一人が、目を輝かせながら言った。

「ありがとうございます。手入れは大変ですが、花を見ていると、心が落ち着くんです」

岡山から来たという若い兄弟は、熱心に花の名前を尋ねてきた。植物に詳しいらしく、色々なことを教えてくれた。

「この花は、確か…」

兄弟は、花の名前を教えてくれた後、少し照れくさそうに言った。

「実は、僕も実家に小さな庭があって、よく手入れをしていたんです。岡山にいた頃は…」

兄弟は、故郷の庭の話をし始めた。懐かしそうに話す彼の姿を見ていると、僕も故郷を思い出した。

庭を散策しながら、色々な話をした。最近の出来事、聖書の言葉、そして、家族のこと。

「奥様、入院されているんですね。ご心配でしょう」

姉妹の一人が、優しく声をかけてくれた。

「はい…でも、皆さんの顔を見ることができて、少し心が軽くなりました。ありがとうございます」

僕は、正直な気持ちを伝えた。

家族が入院中で、不安がないと言えば嘘になる。美咲は、妊娠中に体調を崩し、急遽入院することになった。幸い、お腹の赤ちゃんは元気だが、美咲の体調がなかなか安定しない。毎日、病院に通っているが、何もできない自分がもどかしい。

そんな中、兄弟姉妹が訪ねてきてくれたことは、本当に大きな励ましになった。彼らの温かい言葉、優しい笑顔、そして、共に過ごした時間が、僕の心を癒してくれた。

庭のベンチに腰を下ろし、夕焼け空を眺めた。空には、薄いオレンジ色の光が広がっていた。

「この庭は、本当に恵みですね」

兄弟の一人が、しみじみと言った。

「そうですね。土に触れ、植物と向き合っていると、神様の創造の素晴らしさを感じます。そして、こうして皆さんと分かち合うことができるのも、神様の恵みだと思います」

僕は、そう答えた。

日が暮れ始め、兄弟姉妹は帰る時間になった。

「孝さん、また来ますね。何か困ったことがあったら、いつでも連絡してください」

皆、そう言って、笑顔で帰っていった。

一人になった庭で、僕は改めて、今日あった出来事を振り返った。美咲のために選んだ花、兄弟姉妹との出会い、そして、夕焼け空の下で交わした会話。

家族が入院中で不安はあるけれど、今日、兄弟姉妹と出会えたことに、心から感謝した。神様は、様々な方法で、僕たちを支えてくださる。

庭に咲く花たちは、静かに夜を迎える準備をしていた。明日も、美咲に会いに行こう。そして、この庭で得た心の安らぎを、彼女に伝えよう。

この物語では、庭の描写や兄弟姉妹との交流を通して、主人公の心情や信仰、そして家族への想いを丁寧に描きました。特に、不安な状況の中で、他者との繋がりや自然との触れ合いが、心の支えになることを表現しました。
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