ありがとうの詩

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
113 / 145

今年も一年ありがとう

しおりを挟む
今年も一年ありがとう

年の瀬の夕暮れ、冷たい風が病院の窓を叩いている。閉鎖病棟の一角、薄暗い部屋に一人座る君の姿を想像しながら、僕は小さな手紙を書いていた。

君がこの病院に入ったのは、去年の春だった。突然、君が何も言わずに姿を消し、何日も音信不通になったとき、僕は居ても立ってもいられなかった。見つけたとき、君は疲れ切った顔で、何も話さずにただ座っていた。それから、医療保護入院が必要だという診断を受け、この閉鎖病棟に運ばれていった。

最初は、君の部屋に面会に行くたび、僕は言葉を失っていた。鉄格子越しに見える君の姿は、まるで別人のようだったからだ。表情を失った顔、床に落ちた目線。何を話しかけても、短い返事しか返ってこない日が続いた。それでも僕は毎週、病院に足を運んだ。

「今年ももう終わるね」
手紙の冒頭に、そう書き始める。君がどんな日々を過ごしているのか、僕には詳しく知ることはできない。でも、病院でのルーティンの中に、ほんの少しでも穏やかな瞬間があったらいいと思う。

僕は君の幸せを祈っている。それは、ここ一年で変わらない僕の願いだ。君がこの閉ざされた場所で少しでも心穏やかでいられるように。君が、自分自身を責めることなく、一日一日を過ごせるように。

面会の日、看護師さんに案内されて君の前に座ると、僕は自然に微笑んでしまう。君の表情は相変わらず変わらないけれど、それでも僕にとって君は特別な存在だ。

「寒くなってきたけど、風邪引いてない?」
僕の問いに君は小さくうなずいた。何気ないやり取りが、僕にとっては大切な繋がりだった。君が何かを感じ、答えてくれる。それだけで十分だった。

手紙には、今年一年のことを書いた。街のイルミネーションがきれいだったこと、友達と出かけた温泉旅行の話、そして君に買ったクリスマスプレゼントのこと。君に直接渡せないから、この手紙に記しておくね、と書き添えた。

最後に、僕の小さな願いを書き加えた。
「来年も君が少しでも笑える日が増えますように」

病院の窓辺から見える夕焼けは、冬らしい薄紅色だ。君がその景色を見ているかどうかはわからない。それでも、君の心に少しでも光が届くようにと願いながら、僕は手紙を封筒にしまい込んだ。

「今年も一年、ありがとう」
小さな声でそう呟くと、冷たい風が肩を撫でた。君と過ごした日々を思い返しながら、僕はゆっくりと病院を後にする。来年もまた、この場所で君に会えることを願いながら。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

王妃の愛

うみの渚
恋愛
王は王妃フローラを愛していた。 一人息子のアルフォンスが無事王太子となり、これからという時に王は病に倒れた。 王の命が尽きようとしたその時、王妃から驚愕の真実を告げられる。 初めての復讐ものです。 拙い文章ですが、お手に取って頂けると幸いです。

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

第一機動部隊

桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。 祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

処理中です...