ありがとうの詩

春秋花壇

文字の大きさ
上 下
102 / 145

ありがとうの力

しおりを挟む
「ありがとうの力」

朝、目を覚ますと、窓の外は薄曇りで、雨の気配が漂っていた。目の前に広がる風景が、どこか冷たくて寂しい。目を覚ました瞬間から、頭の中にはいくつもの思考が押し寄せる。今日もまた、昨日と同じように、何も変わらない日が始まるのだろうか。

私は、毎朝こんな風に思ってしまう自分に少し疲れていた。生活の中で感じる小さな不安や、次々に押し寄せる心配事に、どうしても心が重くなる。それでも、そんな気持ちを抱えて生活していること自体に、自分が少し恥ずかしくも思っていた。

だが、ある日、ふとした出来事がきっかけで、私は自分の生き方を少しだけ見つめ直すことができた。

その日、いつものように出勤途中で駅のホームに立っていた。通勤ラッシュの中で、ただ一人ぼっちで立っている私を、何人かの乗客が足早に通り過ぎる。混雑したホームで、人々は誰一人として顔を合わせようとしない。それが日常だと私は思っていた。だが、その瞬間、ふと足元に目をやると、一人の中年の男性が、財布を落としているのを見かけた。

その男性は、慌てて財布を拾い上げようとしたが、周囲の人々は誰一人として気にせずに、足早にその男性を避けて歩いていった。私はその光景を見て、何もできない自分にちょっとした違和感を覚えた。

その男性は、財布を拾い上げた瞬間に、うつむきながらも「ありがとう」と小さく呟いた。周囲が無関心である中で、その「ありがとう」の一言が、まるで私の胸に突き刺さったような気がした。

それから私は、自分がどれほど他人の感謝の言葉に対して鈍感になっていたのか、改めて考えることになった。毎日の忙しさに流され、気づけば感謝の気持ちを忘れがちだった自分を振り返った。そして、この一言が、私に何か大切なことを気づかせてくれたのだ。

それからというもの、私は毎日、感謝の気持ちを意識的に表現するように心がけた。何か小さなことでも、「ありがとう」を口に出して言うようにした。たとえば、通勤途中で誰かがドアを開けてくれると、心から「ありがとう」と言った。自分がどれだけ小さなことに感謝できるか、その積み重ねが、少しずつ自分の気持ちを変えていくのを感じた。

「ありがとう」と言えることは、ただの言葉ではない。それは、相手を気遣い、感謝の心を持ち続けることから始まる。最初は、ただ習慣のように言葉を発していた。しかし、次第にその言葉が自分の心に深く染み込み、自然と心から感謝することができるようになっていった。

もちろん、生活には困難や苦しみもある。無職になったり、仕事で失敗したり、体調を崩して長い間寝込んだり。どれだけ辛い出来事があっても、その都度「ありがとう」を口にすることができる自分になりたいと願った。そして、ある日、自分でも驚くほど、どんなに辛い出来事にも、感謝の気持ちが湧いてきたことに気づいた。

あの小さな一言が、こんなにも大きな力を持っていることに気づいた瞬間、私は本当に感謝の力を信じるようになった。人生の中で、何に反応するかが、その人の生き方を決めるのだと、今では心から実感している。無理に笑おうとすることもないし、悲しみを無視することもない。ただ、その感情に素直に反応し、感謝できる部分を見つけ出す。それが、どれだけつらい状況でも心に温かさをもたらしてくれる。

そして、私はその日も帰り道、ふと空を見上げた。まだ少しだけ晴れ間が広がっていて、雨が降りそうで降らない、そんな不安定な空だった。だが、その空を見上げたとき、心の中で「ありがとう」が自然に浮かんできた。それは、空に感謝の気持ちを送るような、何とも言えない温かい気持ちだった。

自分の心が少しでも軽くなること、そして自分が誰かに少しでも役立つことができれば、それがどんなに小さなことでも、大切に思えるようになった。感謝の言葉が積み重なることで、私の心は少しずつ強くなっていくのを感じた。

これからも、どんなに困難な状況に直面しても、私は感謝の気持ちを忘れないようにしたい。「ありがとう」という言葉が、私の人生を支えてくれるからだ。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

意味が分かると怖い話 完全オリジナル

何者
ホラー
解けるかなこの謎ミステリーホラー

あなたのサイコパス度が分かる話(短編まとめ)

ミィタソ
ホラー
簡単にサイコパス診断をしてみましょう

彼女の選んだ未来

椿森
恋愛
彼女が知りうる限りの真実を持ってして、彼女自身が選択した未来のために。 ※暗く、鬱な内容です。自己防衛をお願いいたします。 救いはありません。

シチュボ(女性向け)

身喰らう白蛇
恋愛
自発さえしなければ好きに使用してください。 アドリブ、改変、なんでもOKです。 他人を害することだけはお止め下さい。 使用報告は無しで商用でも練習でもなんでもOKです。 Twitterやコメント欄等にリアクションあるとむせながら喜びます✌︎︎(´ °∀︎°`)✌︎︎ゲホゴホ

【完結】その約束は果たされる事はなく

かずきりり
恋愛
貴方を愛していました。 森の中で倒れていた青年を献身的に看病をした。 私は貴方を愛してしまいました。 貴方は迎えに来ると言っていたのに…叶わないだろうと思いながらも期待してしまって… 貴方を諦めることは出来そうもありません。 …さようなら… ------- ※ハッピーエンドではありません ※3話完結となります ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

処理中です...