ありがとうの詩

春秋花壇

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ありがとうの灯火

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「ありがとうの灯火」

冬の朝、窓から射し込む淡い日差しがリビングを照らしていた。冷えた空気の中、陽子はホットコーヒーを手に持ち、静かに椅子に腰掛ける。目の前には写真立てに収められた、小さな頃の息子・航太の笑顔があった。

「生まれてきてくれて、ありがとうね。」

思わず写真に向かって呟いた言葉は、自分自身に語りかけているようでもあった。

航太が生まれたのは、陽子がまだ若い頃だった。早産だった彼は小さな体で産声を上げ、保育器の中で懸命に生きようとしていた。その姿を見つめながら、「生きていてほしい」と願い続けた日々を、陽子は鮮明に覚えている。

育児は決して簡単なものではなかった。泣き止まない夜、初めての発熱、言葉が遅かったことへの不安。すべてが未知の連続だったが、その度に航太の笑顔が陽子を救ってくれた。

「あの頃は私が支えているつもりだったけど、実際はあなたが私を支えてくれていたんだね。」

陽子は写真に語りかけるように微笑む。

中学に上がる頃、航太は少しずつ家族に心を開かなくなった。反抗期だったのかもしれない。言葉少なに部屋へ閉じこもり、学校でも友達といるより一人で過ごす時間が増えたという。

陽子は悩みながらも、航太の意思を尊重しようと決めた。「何があっても、私が見守るから」と心の中で誓い、そっと距離を取った。

その後、高校に入ってからも航太の生活はどこかぎこちなかった。クラスメートと馴染めないまま卒業し、進学も就職も選ばずに自宅に留まるようになった。

「何を考えているんだろう。」

そんな疑問を抱きつつも、陽子は無理に問い詰めることはなかった。ただ、朝食を作り、洗濯をし、「いってらっしゃい」と部屋に声をかける日々が続いた。

ある日、航太がぽつりと呟いた。

「お母さんは、なんでそんなに笑ってられるの?」

それはまるで、自分が生きている価値を確かめるかのような問いかけだった。

「航太が生きているからよ。」

陽子は迷わず答えた。

「生まれてきてくれたこと、それだけで私は幸せなの。だから、生きててくれるだけでいいの。」

航太は驚いたような顔をして、それ以上は何も言わなかったが、その日の夜、彼が自分からリビングに降りてきたのを陽子は覚えている。

「一緒にご飯、食べよう。」

それは、小さなけれど大きな一歩だった。

数年後、航太はアルバイトを始め、少しずつ生活にリズムを取り戻していった。部屋に閉じこもることが減り、陽子と出かける機会も増えた。

ある冬の日、陽子と航太は近所のイルミネーションを見に行った。寒さで頬を赤らめながら、二人は並んで歩いた。

「きれいだね。」

航太が言葉を発する。その声には、かつての硬さがない。

「本当にね。あんたがいてくれるから、もっときれいに見える。」

陽子の言葉に、航太は少し照れくさそうに笑った。

その夜、陽子はベッドに入りながら航太が幼かった頃を思い返していた。

「生まれてきてくれてありがとう。そして、生きててくれてありがとう。」

心の中でそう呟きながら、陽子は眠りについた。彼女の胸には、確かな温もりと感謝の灯火が揺れていた。

それは、どんな暗闇にも消えることのない、母と子を繋ぐ小さな光だった。







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