ありがとうの詩

春秋花壇

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それぞれの道

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「それぞれの道」

春の陽気が訪れたある日、真由美はベランダの窓を開けて外の風を感じていた。空は晴れ渡り、庭の花々が色とりどりに咲いている。その光景を眺めながら、心の中で少しずつ芽生えていた感情に気づいていた。息子の智也が大学に進学してから、彼との関係が徐々に変わりつつあることに、真由美は漠然と気づいていた。

智也はもう20歳を超え、大学生活を楽しんでいるはずだ。だが、最近、彼の顔を見ただけで不安が募ることが多くなった。大学の帰り道や休みの日に、顔を合わせる時間が少なくなり、智也は家にいる時も自分の世界に閉じこもることが増えてきた。親として、真由美はそのことが心配でならなかった。もしかしたら、何か問題があるのではないか、あるいは彼が家を離れようとしているのではないかという不安が常に付きまとっていた。

真由美は母親として、息子がしっかりと自立していくことを望んでいる。だが、その自立がどこまで進んでいるのか、時々不安になる。智也がいつまでも自分を頼りにしてくれることを望んでしまう自分がいる。しかし、彼が求めているのは、親の干渉ではなく、自分自身の道を歩むための自由だった。

その日、真由美はキッチンで昼食の準備をしていると、智也が帰宅した。いつものように、少し遅めの時間に帰ってきた智也は、ドアを開けると、無言で靴を脱ぎ、リビングに向かって歩いていった。真由美は、その姿を見て少し息を呑んだが、何も言わずに食事の準備を続けた。

「おかえり、智也。」しばらくして、真由美は振り返りながら言った。

「うん、ただいま。」智也は少しだけ会釈し、冷蔵庫を開けた。

真由美はその姿に、母としての愛情を感じながらも、どこか違和感を覚えていた。智也が大人になって、家で過ごす時間が少なくなったのは理解していた。しかし、彼が家にいる時も、何か壁を感じている自分がいた。言いたいことがあっても、何となく言葉を飲み込んでしまう。

「今日はどうだったの?」真由美は心を込めて尋ねた。

智也は冷蔵庫から何かを取り出しながら、「普通だったよ」とだけ答えた。その返事は短く、どこか冷たいものを感じさせた。

「何かあったら、話してくれたらいいのよ。」真由美は少し躊躇しながらも、思わず口に出していた。

「うん、わかってるよ。」智也は何か言いたげに見えたが、結局何も言わずに部屋に戻っていった。

その瞬間、真由美の胸に小さな痛みが走った。彼の無言の態度に、母親として自分がどうしても入っていけない壁を感じていた。智也が自立し、独立していくことは当然だと思っていたはずなのに、その現実に対する恐れと不安が、どこかで自分を縛りつけているのだと感じていた。

夕食を囲んだ後、真由美は智也に思い切って話を切り出してみた。「智也、最近あまり話してくれないけど、どうしたの?」

智也は少し驚いたような表情を浮かべたが、すぐに深いため息をついた。「別に、何もないよ。ちょっと忙しくて、考えることが多くて…。」

「考えることって、何?」真由美は柔らかな声で尋ねたが、智也は少し黙っていた。

「大したことじゃないよ。」智也はそのまま顔を背けて、食器を片付け始めた。

その時、真由美は初めて気づいた。智也が言いたいことを言わないのは、もしかしたら自分があまりにも干渉しすぎていたからかもしれない。息子が成長し、独立していく過程で、自分が彼のスペースを必要以上に奪っていたことに、真理がようやく目を向けたのだ。

「わかった。」真由美は静かに言った。「無理に話さなくていいから、でも何か困ったことがあれば、いつでも話してね。」

その言葉をかけた瞬間、真由美は自分の中で一つの変化を感じた。息子を支えたい、彼を守りたいという気持ちが強くなりすぎて、自分の思い通りにしようとしていた自分に気づいたのだ。それは親として当然の感情かもしれないが、同時に、智也がどれだけ成長しているのかを認め、彼の人生を尊重することが必要だと気づいた。

その後、智也は少しずつ家で過ごす時間を減らし、外に出ることが増えていった。最初は寂しさを感じたが、彼が自分の人生を歩んでいることを実感することで、次第に母としての安心感が生まれていった。真由美は少しずつ、自分が息子に手を差し伸べることができる時と、手を引いて彼を自由にしてあげる時があることを学んでいった。

「お母さん、ありがとう。」ある日、智也は小さな声でそう言ってくれた。その言葉に、真由美は胸がいっぱいになった。

「ありがとう。あなたが幸せでいてくれたら、私も幸せだから。」






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