ありがとうの詩

春秋花壇

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受援力という祈り

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「受援力という祈り」

夢の中で、また裁かれていた。

「あんたが抱えなければ、他の人が助けられたのに。」

鋭い声が何度も耳を刺す。振り向くたびに誰かがそこに立ち、責めるように目を向けてくる。しかし、その誰もが自分の顔をしている。追い詰められるような恐怖で目が覚めるたび、枕は涙で濡れていた。

目を覚ました部屋はいつも通りの静寂に包まれている。夢の中の言葉が頭を巡る。けれど、そこに逃げ場はない。

息子の転院先が決まった。精神病院の閉鎖病棟に医療保護入院していた彼が、今度は別の施設へと移ることになった。彼が落ち着くまでの3か月間、ずっと面会を断られていた。10年以上も毎週通い続けてきた自分にとって、その間、彼の顔を見られなかったことは何よりもつらかった。

「病院が変わればまた一からだな……」

呟く声は、自分に向けたものだった。新しい病院、新しい医師、新しい看護師――彼が新しい環境に馴染むまでにはまた長い時間がかかるだろう。それを考えるだけで心が重くなる。それでも、今は信じるしかなかった。彼が乗り越えてくれることを、祈るしかない。

この10数年、彼のためにどれだけの電話を受けただろう。福祉課の生活保護の担当者から、病院のソーシャルワーカーから、時には警察からも。電話が鳴るたびに胸がざわつく。その中で、親としての自分を責める言葉も数えきれないほど聞いてきた。

でも、本当に悪かったのは誰だろう。彼ではない。彼は病気の中で必死に生きていた。通院を続け、自制を働かせようと努力していた。

それでも、親としての自分の過去が頭をよぎる。彼が発病した当初、私はすぐに彼を抱え込んでしまった。どんなに苦しくても、どんなに追い詰められても、彼を自宅に連れ帰ることを繰り返してきた。その過保護が彼をさらに弱くしてしまったのではないか。そんな思いが胸を締め付ける。

息子の急性期はむごいものだった。幻覚と幻聴に囚われ、手が付けられないほど暴れる日もあれば、静かに座り込んで動かなくなる日もあった。時には親子心中すら考えるほど追い詰められていた。それでも、彼が悪いのではない。病気の発作の中でも彼は戦っていた。

だからこそ、今回は彼を抱え込むことをやめた。自分の意思で彼を家に連れ帰ることはしなかった。それが彼にとっての救いになると信じたかった。

「グリコして、手放せば――」

グリコ。それは彼が幼い頃、遊びながらよく使った言葉だった。思い切って前に進むときに言う合図。今はそれを自分自身に向けて唱える。彼を手放せば、社会が、医療が、神が、彼に逃れ道を用意してくれるかもしれない。

転院先の病院は、かつて自分も通っていたことがある場所だった。そこで治療を受けながら、自分もまた壊れた考えを少しずつ捨て、他人の意見を受け入れる力を学んだ。その経験が今、息子の助けになればと願う。

「受援力――大切な力だよね。」

息子だけでなく、自分にも必要な力だ。他人を頼ること、助けを受け入れること。それは弱さではなく、強さだと知るのに何年もかかった。

息子が新しい病院でどんな生活を送るのか、不安は尽きない。それでも、今は彼の未来を信じたい。彼が新しい場所で少しでも穏やかな日々を取り戻せるように。

空を見上げると、冬の星座が瞬いていた。凍えるような寒さの中でも、星の光は変わらず優しく輝いている。それは、自分にも息子にも差し込む一筋の光だった。

「神様、どうか彼を見守ってください。」

その祈りを心に抱えながら、私はまた新しい日を迎える準備をする。やがて彼が、自分自身の力で未来を切り開く姿を信じて。







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