ありがとうの詩

春秋花壇

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神が介入する余地

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「神が介入する余地」

真冬の寒い夜、ベッドの中で目を閉じても、息子のことが頭から離れなかった。彼の顔を思い浮かべると、心の中がぎゅっと締めつけられる。今、息子は病院のベッドで眠っている。彼の心の中に広がる深い闇を、わたしはどうしても取り払うことができない。

わたしは必死で息子を支えようとしてきた。毎日、病院に通い、彼が少しでも楽になるようにと、色々な方法を試してみた。でも、どれもこれも効果がなく、息子は少しずつ遠くなっていった。病院のスタッフは、彼のことをよく見守り、慎重にケアしてくれているが、わたしにはその冷徹な現実が受け入れられなかった。自分がどんなに祈っても、息子が少しずつ壊れていくように感じて、どうしようもなく恐ろしかった。

「どうしてこんなことになったんだろう。」わたしは何度も呟く。息子がうつ病と診断されたあの日から、心の中でその問いが渦巻き続けていた。自分のせいだろうか?もっと愛情を注げばよかったのか?もっと早く気づいていれば、彼を助けられたのだろうか?

しかし、あの日のことを振り返ってみても、答えは出なかった。どんなに考えても、どんなに後悔しても、現実は変わらない。息子が病んだのは、わたしだけの責任ではない。誰にも簡単に答えられる問題ではないのだ。

ある日、病院で久しぶりに会った看護師の松本さんが、わたしに言った言葉が、今でも耳に残っている。

「お母さん、あなたがべたべたと息子を抱え込んでいたら、どんなに祈っても神が介入する余地はないんですよ。」

その言葉は、わたしにとって衝撃的だった。ずっと、息子を支えなければと思い込んで、わたしは彼を過保護にしすぎていたのかもしれない。彼が辛いとき、苦しいとき、ただ抱きしめてあげることが必要だと思っていた。しかし、それが息子にとっては重荷だったのだろう。

松本さんは続けた。「信じるんです。息子さんが持っている生きる力を。あなたが信じていなければ、息子さんも自分の力を信じられない。息子さんは、あなたが思っている以上に強いんです。」

松本さんの言葉は、まるで暗闇の中に光を差し込むような感じがした。息子には、わたしが見ている以上に強い力があるのだと。それに気づくことで、少しだけ心が軽くなった気がした。

息子がうつ病になったことは、もちろん悲しい出来事だ。しかし、わたしが彼に与えられる最大の支援は、彼を信じることだと気づいた。息子は、わたしが思っている以上に強い力を持っている。それを信じて、彼に寄り添うことが大切なのだと。

「親という字は、木の上に立って見ると書くんです。」松本さんは言った。「見守ってあげるんですよ。あなたが息子を過保護にすることで、彼は成長できないんです。寄り添うことは大切ですが、支えすぎてはいけません。」

その言葉は、わたしの胸に深く刻まれた。親という立場を、ただの保護者として捉えるのではなく、息子が自分で立ち上がる力を信じ、彼の成長を見守る役割を果たすべきだということ。息子には、わたしの支えがなくても、きっと乗り越える力があるということ。

その日から、わたしは少しずつ息子を放すことを決めた。彼がどんなに苦しんでいても、どんなに不安そうな顔をしていても、もうあまり過度に心配しないようにした。息子が自分で歩んでいく道を、ただ見守ることに決めた。

それでも、心の中で息子の回復を願わずにはいられない。彼が少しでも楽になり、また笑顔を取り戻してくれることを。けれど、もうそれを焦らず、無理に引き寄せようとしない。彼のペースで、彼の力で、彼が立ち上がる日を信じて待つことが、わたしの役目だと感じた。

息子は、あの小さな体で、どれだけの困難を乗り越えてきたのだろうか。彼は、7歳下の妹の面倒を見ながら、両親にネグレクトされる中で生き抜いてきた。その力強さが、きっと彼の中には眠っている。それを信じ、彼が自分の力で立ち直る日を待つしかない。

息子が回復し、笑顔を見せてくれる日を夢見て、わたしは今日もまた、彼を見守り続ける。

そして、もし彼が振り返り、もう一度手を伸ばしてくれたとき、わたしはその手を優しく握りしめるだろう。







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